2025/12/22

世界初mRNA遺伝子ドーピング検査技術の開発に成功

国立研究開発法人 理化学研究所 

2025年12月22日

理化学研究所

世界初mRNA遺伝子ドーピング検査技術の開発に成功

-1滴の血液からmRNA薬剤をわずか10分以内に検出可能に-

理化学研究所(理研)開拓研究所 渡邉分子生理学研究室の渡邉 力也 主任研究員、篠田 肇 研究員らの共同研究チームは、競走馬やアスリートなどの遺伝子ドーピング[1]対策の新たな基盤として、血液中のメッセンジャーRNA薬剤(mRNA薬剤[2])を迅速かつ直接検出できる世界初の検査技術の開発に成功しました。

新型コロナウイルス感染症の流行を契機に、mRNA薬剤がワクチンとして有用であることが示されましたが、近年、その技術を悪用した遺伝子ドーピングの懸念が高まっています。今回、共同研究チームは、渡邉主任研究員らが独自に開発した世界最速・簡易遺伝子検査法(SATORI法)をさらに発展させ、1滴の血液からmRNA薬剤をわずか10分以内に検出できる新技術「新Direct-SATORI法」を開発しました。実際、赤血球を増やすタンパク質(EPO[3])をつくるmRNA薬剤を馬に投与し、その後の血液を新Direct-SATORI法で調べた結果、投与後最長24時間まで、血液中に残る微量のmRNA薬剤を検出できることが明らかになりました。

本成果は、血液中のmRNA薬剤を迅速かつ直接検出できる革新的な検査技術であり、ドーピング対策にとどまらず、感染症やがんなどの基礎疾患を対象としたmRNA治療薬の体内動態解析や薬効評価など、幅広い医療分野での応用も強く期待されます。

本研究は、米国化学会誌『Analytical Chemistry』オンライン版(12月22日付:日本時間12月22日)に掲載されました。

新Direct-SATORI法は血液中のmRNA薬剤を10分以内に検出

背景

近年、競走馬やアスリートの競技力向上を目的として、遺伝子を体内へ導入する「遺伝子ドーピング」への懸念が急速に高まっています。2021年の東京オリンピックでは遺伝子ドーピング検査が初めて実施され、注目を集めました。従来、ドーピングに用いられる遺伝子材料は主にDNAであり、現行の検査もDNAを標的とした手法が中心です。しかし近年、新型コロナウイルス感染症の流行に伴うmRNAワクチンの普及を契機に、mRNA薬剤の技術が急速に進展し、これを悪用した新たな遺伝子ドーピングが強く懸念されています。mRNA薬剤は脂質ナノ粒子(LNP)や修飾RNAの利用により体内で一時的にタンパク質を発現させることが可能である一方、ゲノムに組み込まれず速やかに分解されるため、現行の検査では検出が極めて困難です。このような背景から、mRNA薬剤を悪用した新たなドーピング手法を未然に防ぐため、従来の検査法の対象ではなかったmRNA薬剤を標的とした新たな検出技術および監視体制の整備が急務となっています。

研究手法と成果

共同研究チームは、近年開発した世界最速・簡易遺伝子検査法のSATORI法注1、2)をさらに発展させて、血液中に存在するmRNA薬剤を直接検出できる新たな手法「新Direct-SATORI法」を開発しました(図1)。

図1 新Direct-SATORI法の模式図

蛍光を発する微小試験管の個数を数えることで、血液1滴に含まれる薬剤由来のmRNAを、遺伝子検査として実用レベルの感度で検出し、その個数を定量することができる。

SATORI法は、CRISPR-Cas13[4]と呼ばれる酵素と微小な試験管を多数並べた特殊なマイクロチップを組み合わせることで、標的RNAを1分子レベルで検出し、その量を正確に数えることができる世界最速の遺伝子検査法です。

今回開発した新Direct-SATORI法では、検査試薬および手順を一から最適化することで、mRNA薬剤から遺伝子を効率よく取り出す工程をSATORI法に統合するとともに、血液中に含まれる多様な成分による影響を最小限に抑える独自の検査手法を構築しました。これにより、血液中のmRNA薬剤を10分以内という短時間で高感度に検出することに成功しました。一例として、赤血球の産生を促す造血因子(EPO)をコードするmRNAを標的とする検出技術を開発したところ、検出感度は血液1マイクロリットル(μL、1μLは100万分の1リットル)当たり270個に達し、遺伝子検査として実用的なレベルであることが確認されました。

さらに、新Direct-SATORI法が実際の遺伝子ドーピング検査として有効に機能するかを検証するため、馬を用いた実証実験を行いました(図2左)。具体的には、筋肉にmRNA薬剤を投与し、その後、一定時間ごとに静脈血を採取して新Direct-SATORI法による検査を行いました。

mRNA薬剤は体内で速やかに分解されますが、本研究で開発した新Direct-SATORI法を用いて血液中のmRNAを解析したところ、投与から約24時間後まで、わずか50μLの血液(1滴相当)に残存するmRNAを確実に検出できました(図2右)。この成果は、mRNA薬剤を利用した新たな遺伝子ドーピング手法に対しても確実に検出できる技術的基盤を提供するものです。今後のドーピング対策の強化につながることが期待されます。

図2 馬を用いた実証実験

筋肉にmRNA薬剤を投与後、一定時間ごとに静脈血を採取して新Direct-SATORI法で検査を実施した(左)。mRNA薬剤は体内で速やかに分解されるが、新Direct-SATORI法ではmRNA薬剤投与後約24時間(1日)経っても、50μLの血液(1滴程度)からでも残存するmRNAを検出できる(右のグラフ)。

今後の期待

本研究で開発した新Direct-SATORI法は、mRNA薬剤を血液中から直接的かつ短時間で検出できる世界初の技術として、遺伝子ドーピング対策の強化に大きく貢献することが期待されます。

今後は、国際的なアンチドーピング機関や競馬団体、スポーツ関連組織との連携を進め、検査プロトコル(手順)の標準化や大規模試験を通じて、実際の運用に向けた体制整備を図る必要があります。さらに、本手法が持つ高い汎用性(はんようせい)を生かし、EPOだけでなく、EPOの合成を促すタンパク質、筋肉量を制御するタンパク質、さらには成長ホルモンなどをコードする遺伝子を同時に検出できる手法を確立することで、多種の遺伝子ドーピング手法を網羅的に監視できる次世代検査基盤へと発展することが期待されます。

加えて、新Direct-SATORI法は医療分野でも大きな可能性を秘めています。mRNA医薬の市場拡大に伴い、投与後の薬物動態や個体間の応答性(効き目の違い)を迅速に把握する技術の需要が高まっており、本手法は治療効果のリアルタイム評価、投与量の最適化、副作用リスクの低減など、精密医療の実現に寄与することが期待されます。将来的には、感染症、がん、希少疾患をはじめとする多様なmRNA治療薬への応用、さらには臨床試験や薬剤開発プロセスへの組み込みなど、産業界・医療界における広範な展開が見込まれます。

補足説明

  • 1.遺伝子ドーピング
    遺伝子導入技術を競技力向上に悪用し、筋力増強因子などを体内で発現させる不正行為であり、検出が極めて困難な新たなドーピング手法。
  • 2.mRNA薬剤
    mRNA薬剤は、標的タンパク質を一時的に体内で発現させるための新規医薬品であり、一般的にワクチンや治療薬として利用される。
  • 3.EPO
    エリスロポエチン(EPO)は腎臓で産生されるホルモンで、赤血球の生成を促進する。貧血治療に使われる一方、持久力向上目的で不正使用される代表的なドーピング物質。
  • 4.CRISPR-Cas13
    多くの細菌は、「CRISPR-Casシステム」と呼ばれる獲得免疫システムを備えている。CRISPR-Cas13はVI型CRISPR-Casシステムに属し、RNAのセンサータンパク質として利用される。

共同研究チーム

理化学研究所 開拓研究所 渡邉分子生理学研究室
主任研究員 渡邉 力也(ワタナベ・リキヤ)
研究員 篠田 肇(シノダ・ハジメ)
テクニカルスタッフⅠ 牧野 麻美(マキノ・アサミ)
テクニカルスタッフⅠ 飯田 龍也(イイダ・タツヤ)
テクニカルスタッフⅠ 吉村 麻実(ヨシムラ・マミ)

競走馬理化学研究所 遺伝子分析部
課長 戸崎 晃明(トザキ・テルアキ)
主任 古川 梨紗子(フルカワ・リサコ)

研究支援

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「細胞外微粒子に起因する生命現象の解明とその制御に向けた基盤技術の創出(研究総括:馬場嘉信)」の研究課題「細胞外微粒子の1粒子解析技術の開発を基盤とした高次生命科学の新展開(研究代表者:渡邉力也、JPMJCR19H5)」の支援によって行われました。

原論文情報

  • Risako Furukawa, Hajime Shinoda, Teruaki Tozaki, Asami Makino, Mami Yoshimura, Tatsuya Iida, Koki Kawate, Mio Kikuchi, Taichiro Ishige, Yuji Takahashi, Tomohiro Kato, Hironaga Kakoi, Emiko Fukui, and Rikiya Watanabe, "Direct Single-Molecule Detection of mRNA-LNP Drugs in Blood", Analytical Chemistry, 10.1021/acs.analchem.5c05862

発表者

理化学研究所
開拓研究所 渡邉分子生理学研究室
主任研究員 渡邉 力也(ワタナベ・リキヤ)
研究員 篠田 肇(シノダ・ハジメ)

報道担当

理化学研究所 広報部 報道担当
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