ウイルスベクターをAIで進化させる
国立研究開発法人 理化学研究所2026年5月12日
理化学研究所
ウイルスベクターをAIで進化させる
-標的細胞に結合しやすいウイルス表面を設計する新手法を開発-
理化学研究所(理研)生命機能科学研究センター 冬眠生物学研究チームの小野 宏晃 研究員(研究当時)らの研究チームは、細胞表面の膜タンパク質に結合するペプチド[1]をコンピュータで設計する新手法「EvoPRAISE(エボプレイズ)」を開発しました。この手法で設計したペプチドを、動物への遺伝子導入ツールであるアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター[2]に組み込むことで、狙った細胞に結合しやすいAAVベクターを作製し、標的細胞へ効率よく遺伝子を届けることに成功しました。
本手法は、遺伝子導入が難しい生物種や組織、細胞の標的化を可能にするとともに、脳などを対象にした遺伝子治療用ベクターへの応用が期待されます。
AAVベクターはウイルスDNAとタンパク質の殻(AAVカプシド[3])から成り、カプシドが標的細胞の膜タンパク質に結合すると細胞内に取り込まれ、ウイルスDNA上の遺伝子が発現します。特定の膜タンパク質に結合するペプチドをカプシドに組み込むことで標的細胞を選択できるため、近年、人工知能(AI)によるタンパク質構造予測モデルを活用してペプチドを設計するAPPRAISE法[4]が報告されました。しかし、APPRAISE法だけでは、標的膜タンパク質に十分強く結合できるカプシドを得られない場合がありました。
研究チームは、従来のAAVベクターでは届きにくい細胞や組織の標的化を目指し、APPRAISE法に遺伝子進化の考え方を組み込んだ「EvoPRAISE」を開発しました。この手法を用いて、冬眠[5]モデル動物であるシリアンハムスター[6]の脳に遺伝子を届けられるAAVベクターを設計しました。さらに、ヒト脳に発現する膜タンパク質に結合するAAVカプシドの設計にも成功しました。
本研究は、科学雑誌『iScience』2026年5 月15 日号に掲載されるのに先立ち、オンライン版(4月15日付)に掲載されました。
狙った膜タンパク質に結合できるAAVカプシドを合理的に設計する手法の開発
背景
近年、多くの生物でゲノム・細胞情報の解読が進み、どの遺伝子がどの細胞で働き、どのように生理現象を生み出すのかという因果関係を明らかにする研究が重要になっています。
冬眠は、今なお仕組みの多くが解明されていない生命現象の一つです。体温や代謝を大きく下げて長時間生き延びる冬眠は、脳のどの細胞が引き起こし、維持し、終わらせるのかはよく分かっていません注)。これを調べるには、生体内で特定の神経細胞で遺伝子量を制御し、標識し、その働きを操作する技術が欠かせません。動物細胞に感染するウイルスを応用したアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターは、神経細胞に遺伝子導入を可能にするための有力なツールの一つです。
AAVベクターは、ウイルスDNAとそれを包むタンパク質の殻(AAVカプシド)から成ります。カプシドが細胞膜上のタンパク質(膜タンパク質)と結合すると、そのまま細胞内に取り込まれ、ウイルスDNAに組み込んだ外来遺伝子が発現します。この性質を利用し、標的としたい細胞の膜タンパク質に合わせてAAVカプシドの構造を改変することで、特定の細胞を狙った遺伝子導入が可能になります。カプシドのどの領域が表面に露出するかはある程度分かっているため、ここに特定の膜タンパク質と結合する短いアミノ酸配列(ペプチド)を挿入する方法などが用いられています。実験目的に最適なペプチドを新たに設計する場合は、さまざまな配列を持つペプチドを多数作製し、マウスなどのモデル動物を使って感染効率の高いものをスクリーニングしながら有望なものを選び出す方法が主流となっています。しかしマウスで得られた結果が他の動物種に当てはまらない場合も多く、冬眠動物のような非モデル動物には適用しにくいという課題がありました。
近年、大規模な動物実験に頼らず、AIによるタンパク質構造予測手法「AlphaFold2[7]」を活用して、膜タンパク質に結合するペプチドを計算によって設計し、それをカプシド表面に組み込む手法が登場しました。その一つがAPPRAISE法です。APPRAISE法は、結合の強さだけでなく、細胞膜に対する結合角度や結合部位の深さといった幾何学的な条件も踏まえて、ペプチド候補を絞り込める点に特徴があります。しかしAPPRAISE法だけでは、ペプチド候補が得られない場合がありました。
そこで研究チームは、ペプチドが標的膜タンパク質に強く結合できることと、そのペプチドを実際にカプシド表面に組み込んだ状態でも無理なく結合できることの両方を満たすAAVカプシドを、より効率よく設計するという課題に挑みました。
- 注)2020年6月12日プレスリリース「冬眠様状態を誘導する新規神経回路の発見」
研究手法と成果
APPRAISE法は、ペプチドのリスト(ペプチドライブラリー)とその結合相手となる膜タンパク質を入力した上で、それぞれのペプチドが膜タンパク質にどのくらい結合しやすいかの指標となる結合スコアを算出します。本研究で開発したEvoPRAISEは、結合スコアがより高いペプチドを設計するために、APPRAISE法に以下の戦略を導入しました(図1)。まず、ランダムに設計した7アミノ酸から成るペプチドライブラリーと標的細胞に存在する膜タンパク質を入力したAPPRAISE法を実行し、そこから得られる結合スコアで順位付けをします。そこから1位となったペプチドを選別し、そのペプチドを構成する各アミノ酸を、生体タンパク質を構成する全20種類のアミノ酸に一つずつ置換(飽和変異導入)していくことで、新たな変異体ライブラリーを作成します。この変異体ライブラリーに再びAPPRAISE法を適用して結合スコアが最も高いペプチドに対する飽和変異導入を実施します。以降、このプロセスを繰り返すことで、結合スコアが高くなる方向にペプチドを進化(指向性進化)させることができます。
図1 EvoPRAISEのワークフロー
EvoPRAISEは、任意のペプチドライブラリーと標的細胞に存在する膜タンパク質を入力し、APPRAISE法で算出した結合スコアに基づいて候補を順位付けし、上位配列への飽和変異導入を繰り返すことで、結合スコアを指向性進化の原理で向上させるアルゴリズムである。出力結果として、膜タンパク質に強く結合するペプチド配列(ペプチドバインダー)を得ることができる。
末梢血管(まっしょうけっかん)から全身投与したAAVベクターが広範囲の脳領域に感染するためには、AAVベクターが血液脳関門[8]を通過する必要があります。そこで、血液脳関門を構成する血管内皮細胞[8]に発現する膜タンパク質と結合するAAVカプシドを開発することを目指しました。これまでの研究から、AAVベクターが結合し脳へ侵入する入口となっているのは、脳の血管内皮細胞に発現するLy6ファミリー[9]の膜タンパク質であることが知られています。シリアンハムスターの脳に発現しているLy6ファミリーを網羅的に調べたところ、Ly6eが最も高く発現していることが分かりました。そこでEvoPRAISEを用いてLy6eに対して結合するペプチドを設計しました。100種類のペプチドから進化させたところ、出発点となった最初のペプチド(Cap-PF1.0)から7段階の進化プロセスを経て、WMDQIIY(トリプトファン-メチオニン-アスパラギン酸-グルタミン-イソロイシン-イソロイシン-チロシン)という配列のペプチド(Cap-PF1.7)に進化しました。このペプチドを、カプシドの表面に露出した構造を形成するVP3タンパク質[3]に挿入したAAVベクターを作製し、培養細胞への感染性を確認したところ、Ly6eの発現に依存した感染が確認されました(図2)。
図2 培養細胞を用いたCap-PF1.7のLy6e依存的な感染性の評価
- (A)Ly6e非発現細胞株とLy6e発現細胞株を用いて、Cap-PF1.7の感染性を評価した。明視野像(Brightfield)と蛍光像を示す。AAVベクターが感染した細胞では、導入された蛍光タンパク質(mNeonGreen)が発現し、緑色蛍光が観察される。ベースラインは、天然のカプシドを持つAAV9ベクターを感染させた細胞。スケールバーは200マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)
- (B)mNeonGreenの発現を指標として感染率と感染強度を定量し、条件間で比較した。両指標において、Cap-PF1.7の感染性はLy6eの発現依存的に大きくなっていた。「*」有意水準5%での有意差あり、「**」有意水準1%での有意差あり。a.u.(arbitrary unit):任意単位。
次に、シリアンハムスターの脳への感染性を確認するために、Cap-PF1.7を搭載したAAVベクターを末梢血管から投与しました。また対照実験として、マウスでは脳に感染することが知られている天然カプシドを持つAAV9ベクターと、人工カプシドであるPHP.eB、CAP-B10を持つAAVベクターも投与することで、比較条件としました。その結果、AAV9、PHP.eB、CAP-B10はシリアンハムスターの脳に感染細胞を見いだせなかった一方で、Cap-PF1.7は広範囲の脳領域に感染していました。感染した領域を詳細に調べると、大脳皮質、海馬、視床、線条体に特に強い感染が確認されました(図3)。
図3 各AAVカプシドのシリアンハムスターにおける脳指向性の評価
- (A)シリアンハムスターの末梢血管から各AAVベクターを投与し、脳における蛍光タンパク質(mNeonGreen)の発現を評価した。AAV9は天然に存在するカプシドを持つAAVベクターであり、PHP.eB、CAP-B10はマウスにおいて強い脳指向性を有する人工カプシドを持つAAVベクターである。Cap-PF1.7を持つAAVベクターは、広範な脳領域で感染性を示した。脳全体像のスケールバーは3mm。領域像のスケールバーは1mm。
- (B)蛍光タンパク質を指標として各脳領域における平均的な蛍光強度を定量解析した。Cap-PF1.7は他のAAVカプシドと比べて高い蛍光強度を示した。「*」有意水準5%での有意差あり、「**」有意水準1%での有意差あり、「***」有意水準0.1%での有意差あり。a.u.(arbitrary unit):任意単位。
最後に、EvoPRAISEの汎用性(はんようせい)を確認するとともに、遺伝子治療用ベクターを開発する目的で、シリアンハムスターのLy6eに相当するヒトのLY6Eと結合するAAVカプシドを設計しました。EvoPRAISEで10種類のカプシドを設計し、それぞれを搭載したAAVベクターを作製してLY6Eを発現した培養細胞への感染性を調べました。その結果、基準となるベクターよりも感染率と感染強度の高い五つのカプシドが得られました(図4)。このことから、EvoPRAISEで設計したAAVカプシドはヒトの膜タンパク質にも応用可能であることが確認されました。
図4 培養細胞を用いたヒトLY6E発現細胞への感染性の評価
LY6Eノックアウト細胞株とLY6E発現細胞株を用いて、各カプシドの感染性を評価した。Cap-PF.h-1、Cap-PF.h-3、Cap-PF.h-4、Cap-PF.h-5、Cap-PF.h-8の五つのAAVカプシドにおいて、感染率と感染強度はLY6Eの発現依存的に増大した。なお、10種類設計したカプシドのうち、Cap-PF.h-9とCap-PF.h-10はウイルス生産量が低かったため解析から除外した。「*」有意水準5%での有意差あり、「**」有意水準1%での有意差あり、「***」有意水準0.1%での有意差あり。ns:「not significant(有意差なし)」の略号。
今後の期待
これまでに報告されているAAVカプシドの改変手法は、その多くが遺伝子改変個体の作製を伴う大規模な実験に依存しているため、適用可能な生物が限られるという問題点がありました。今回開発されたEvoPRAISEはAIを用いたタンパク質工学によって合理的にAAVカプシドを設計するため、さまざまな生物種に適用できます。また、EvoPRAISEを使うに当たりコンピュータやタンパク質の専門的な知識は不要であることから、汎用性のあるAAVカプシド設計法になると期待されます。
シリアンハムスターは実験室環境で飼育できる代表的な冬眠動物です。脳がどのように冬眠を制御しているのかについてはほとんど分かっていません。今回開発したシリアンハムスターの脳に指向性を持つAAVカプシドを用いれば、冬眠を誘導または維持している細胞種を同定・操作・モニタリングするための遺伝子導入ツールとして応用できるため、冬眠生物学の突破口になるかもしれません。また、EvoPRAISEによってヒトの膜タンパク質と結合するAAVカプシドを設計できたことを踏まえると、脳以外の臓器・組織にも指向性を持ったAAVカプシドも設計できる可能性があるため、ヒトの遺伝子治療用ベクターの多様性を大幅に拡大できるかもしれません。
本研究は、冬眠動物への遺伝子導入という基礎科学における技術的困難を乗り越えるための研究をきっかけとし、遺伝子治療用ベクター開発に応用し得る結果に発展しました。基礎科学での技術開発が社会実装のシーズ(種)を生み出した一例です。
補足説明
- 1.ペプチド
ペプチドとタンパク質は、どちらも核酸に保存された遺伝情報を基に20種類のアミノ酸をつなぎ合わせることで合成される。一般的に短いもの(50アミノ酸以下)はペプチドと呼ばれ、長いものはタンパク質と呼ばれることが多い。 - 2.アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター
パルボウイルス科に属するアデノ随伴ウイルスを基にした、最も主流なウイルスベクターの一つ。AAVベクターは、ゲノムを改変することなく宿主細胞に遺伝子を導入することができる。また、安全性(低免疫原性、非増殖性)が高く、分裂・非分裂細胞の両方へ安定して長期間遺伝子を導入できる。そのため、多様な細胞種への遺伝子導入実験や遺伝子治療に活用されている。 - 3.カプシド、VP3タンパク質
AAVはカプシドと呼ばれるタンパク質で覆われている。AAVカプシドはVP1、VP2、VP3と呼ばれる3種類のタンパク質を、約1:1:10の化学量論比で含み、カプシド当たり合計60コピーのタンパク質で構成されている。これらの共通する配列には、血清型差が大きい九つのvariable regions(VR-I~VR-IX)が定義されている。これらはカプシド表面に露出しているため表面のトポロジー、感染指向性、抗原性を決定する。 - 4.APPRAISE法
2024年にカリフォルニア工科大学のシャオヂェ・ディン博士らが発表したペプチドバインダーを設計する方法。単に強固な結合力を持つペプチドを選別するのではなく、膜タンパク質の表面形状や膜近傍の幾何学的制約を考慮してペプチドと膜タンパク質の結合性を計算・最適化することができる。 - 5.冬眠
哺乳類は、37℃前後の体温を保つように代謝が制御される恒常性維持の仕組みを持つ。しかし一部の種は、冬季・飢餓などの危機的状況において自らの代謝を下げ、代謝が正常な状態では組織・臓器に障害が生じるはずの低温にまで、体温を低下させることができる。この制御された低代謝を休眠(torpor)と呼び、季節性の休眠を冬眠(hibernation)、24時間以内の休眠を日内休眠(daily torpor)と呼ぶ。 - 6.シリアンハムスター
キヌゲネズミ科ゴールデンハムスター属に分類される齧歯類(げっしるい)。別名ゴールデンハムスター。実験室環境で飼育できる代表的な冬眠動物で、低温・短日条件の飼育環境に置かれると、実際の季節に関係なく数カ月後に冬眠を開始する。 - 7.AlphaFold2
2020年11月にDeepMind社から発表された、AIを用いてアミノ酸配列からタンパク質の立体構造を高精度に予測する手法。AlphaFold2は、アミノ酸配列(1次元情報)から、そのタンパク質が機能を持つ立体構造(3次元構造)を高精度に予測できることから、「タンパク質の折り畳み問題」として知られてきた生命科学上の大きな課題に大きな進展をもたらした。2024年にノーベル化学賞の対象になった技術。 - 8.血液脳関門、血管内皮細胞
脳の毛細血管をつくる内皮細胞(血管内皮細胞)が隙間なく密着し、血液と脳の間の物質交換を制限する機構。血液中の有害物質や病原体が脳内へ入り込むのを防ぎ、脳の働きを安定して保つ上で重要な役割を果たしている。一方で、多くの薬や遺伝子治療用ベクターも脳に届きにくいため、血液脳関門を安全かつ効率よく通過できる薬物送達技術の開発が求められている。 - 9.Ly6ファミリー
LUドメインと呼ばれる共通構造を持つタンパク質ファミリーで、膜結合型と分泌型が存在する。ヒトでは少なくとも35個のファミリータンパク質が見つかっている。Ly6はLymphocyte antigen-6の略。
研究チーム
理化学研究所 生命機能科学研究センター 冬眠生物学研究チーム
研究員(研究当時)小野 宏晃(オノ・ヒロアキ)
(現 筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構 研究員、オックスフォード大学 生理学・解剖学・遺伝学科 客員研究員)
テクニカルスタッフⅡ 藤野 照子(フジノ・ショウコ)
チームディレクター 砂川 玄志郎(スナガワ・ゲンシロウ)
研究支援
本研究は、理化学研究所運営費交付金(生命機能科学研究)で実施し、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業若手研究「細胞内在性RNA編集機構を利用したプログラマブルなRNAスイッチの開発(研究代表者:小野宏晃、JP23K14130)」、同学術変革領域研究(A)「冬眠生物学2.0:能動的低代謝の制御・適応機構の理解(領域代表者:山口良文、JP23A303)」の研究課題「休眠と冬眠の作動原理の探求(研究代表者:櫻井武、研究分担者:砂川玄志郎、JP23H04941)」、理研ギャップファンド(研究代表者:小野宏晃)による助成を受けて行われました。
原論文情報
- Hiroaki Ono, Shoko Fujino, Genshiro A. Sunagawa, "Computationally guided discovery of Ly6e/LY6E-dependent AAV capsid variants", iScience, 10.1016/j.isci.2026.115554
発表者
理化学研究所
生命機能科学研究センター 冬眠生物学研究チーム
研究員(研究当時)小野 宏晃(オノ・ヒロアキ)
小野 宏晃
発表者のコメント
この手法は、冬眠生物学で感じていた困難を解決するために開発したものです。しかしその応用は冬眠研究にとどまらず、現在のウイルスベクターでは遺伝子導入が難しい生物種や組織、細胞に遺伝子を届けるための有効な方法になると考えられます。今後も、構造生物学・機械学習・幾何学などのあらゆる手法を駆使して、さらなる改良を継続する予定です。(小野 宏晃)
報道担当
理化学研究所 広報部 報道担当
お問い合わせフォーム