T細胞の活性化を制御する新たな分子を同定
国立研究開発法人 理化学研究所2026年5月25日
理化学研究所
T細胞の活性化を制御する新たな分子を同定
-免疫疾患を発症する仕組みの一端を解明-
理化学研究所(理研)生命医科学研究センター 炎症制御研究チーム(研究当時)の城道 絢 テクニカルスタッフⅠ(研究当時、現 代謝ネットワーク研究チーム テクニカルスタッフⅠ)、田中 貴志 チームリーダー(研究当時、現 免疫器官形成研究チーム 客員研究員)らの共同研究グループは、ヘルパーT細胞[1]の過剰な活性化を制御する新たなメカニズムを同定することに成功しました。
今回共同研究グループは、「PDLIM4」というタンパク質を欠損したマウスではヘルパーT細胞の免疫反応が過剰になること、これはPDLIM4がヘルパーT細胞への分化に必須の転写因子[2]である「STAT4」、「STAT6」および「STAT3」を不活性化する機能によることを明らかにしました。さらに、ヒトでもPDLIM4のアミノ酸置換を伴う一塩基多型(SNP)[3]が、T細胞から分化したTh17細胞が関与する自己免疫疾患[4]として知られる関節リウマチとバセドウ病の発症リスクと関連していることも発見しました。
本研究成果は、自己免疫疾患の治療を目的とした、人為的な免疫制御法の開発に貢献すると期待されます。
本研究は、科学雑誌『International Immunology』オンライン版(5月25日付)に掲載されました。
背景
免疫システムの司令塔であるヘルパーT細胞は、生体に侵入したウイルスや細菌などの病原体の種類に応じて「STAT4」、「STAT6」および「STAT3」という転写因子STAT[5]を活性化させて、それぞれTh1、Th2、Th17と呼ばれる異なった機能を持つ特殊なT細胞に分化することにより、効率よく病原体を排除します。つまりT細胞による免疫反応の発動には、STATの活性化が極めて重要です。一方で、これらのSTATが過剰に活性化して、免疫細胞が暴走する状態が続くと、アレルギー疾患や自己免疫疾患を発症することが報告されています。このため、正常な免疫応答を保ちながらこれら疾患の発症を防ぐには、STATの活性をオンにするだけでなく、それを適切な時点でオフにするシステムが重要です。しかしながら、STATの活性化およびT細胞の分化を抑制する分子メカニズムについては十分に解明されていませんでした。
田中チームリーダーらは、LIMドメイン[6]という特有の構造を共通に持つLIMタンパク質の一つである「PDLIM2」が、T細胞においてSTAT4およびSTAT3の分解を誘導してTh1およびTh17細胞の働きを抑制することを明らかにしていました注1、2)。
今回、共同研究グループは、これまで報告されている58個のLIMタンパク質からT細胞の活性化を制御する新たな因子を同定することにより、免疫反応を負に制御する分子メカニズムのさらなる解明に挑みました。
- 注1)Tanaka T, Soriano MA, Grusby MJ:SLIM is a nuclear ubiquitin ligase that negatively regulates STAT signaling. Immunity, 22:729-736, 2005.
- 注2)2011年12月2日プレスリリース「自己免疫疾患を引き起こすT細胞の過剰な分化を抑制するメカニズムを解明」
研究手法と成果
共同研究グループは、まずLIMタンパク質の中でも特にPDLIM2と類似しているPDLIM4に絞って、どのような免疫細胞に発現しているかを調べたところ、興味深いことに、PDLIM4は免疫細胞の中でもヘルパーT細胞のみに発現していることが明らかになりました。
そこでPDLIM2と同様に、PDLIM4がSTATの転写活性化を抑制する作用を備えているかを調べたところ、STAT4、STAT6およびSTAT3を介するシグナル伝達を抑制することを見いだしました。ところが、PDLIM4は、細胞質内においてLIMドメインを介してタンパク質チロシン脱リン酸化酵素[7]であるPTP-BLと結合して、これをSTATに呼び寄せて、STATの活性化に必要なチロシン残基のリン酸化を強力に抑制することによりSTATを不活性化しました(図1)。つまり、PDLIM4がSTATを不活性化する機構は、STATを分解して不活性化するPDLIM2の機構とは異なることが明らかになりました。
図1 PDLIM4による転写因子STATの不活性化の分子メカニズム
ヘルパーT細胞は、侵入した病原体の種類に応じて「STAT4」、「STAT6」および「STAT3」を活性化し、それぞれTh1、Th2、Th17細胞という特殊なT細胞に分化する。他方、PDLIM4は、細胞質内においてタンパク質チロシン脱リン酸化酵素(PTP-BL)と結合し、これをSTAT4、STAT6、STAT3に呼び寄せて、STAT4、STAT6、STAT3の活性化に必要なリン酸化を抑制することにより、これらを不活性化する。サイトカイン:細胞同士の情報伝達に関わるさまざまな生理活性を持つタンパク質の総称。生体防御に関与する多種類の細胞に働き、免疫反応を発動する。JAKs:ヤヌスキナーゼ(リン酸化酵素)。P:リン酸基。
また、PDLIM4遺伝子を欠損させたマウス由来のT細胞においては、野生型マウス由来T細胞と比べて、Th1、Th2およびTh17細胞分化が亢進(こうしん)しており、STAT4、STAT6およびSTAT3のチロシンリン酸化も増強していました。さらに、PDLIM4欠損マウスにおいては、Th1およびTh17細胞が関与するマウスの自己免疫疾患モデルとして知られる実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)モデルの神経症状がますます悪くなりました。また、マウスの腸管内寄生虫であるNippostrongylus brasiliensis感染[8]ではTh2細胞がその排除を担いますが、PDLIM4欠損マウスにおいては、この寄生虫の腸管からの排除が促進されていました。このことは、PDLIM4は個体レベルにおいてもTh1、Th2およびTh17細胞分化を抑制しており、PDLIM4が働かなくなるとこれらの反応が過剰になることを示しています。
以上により、PDLIM4は、「STATを脱リン酸化し不活性化する」という、PDLIM2とは全く異なったメカニズムにより、Th1、Th2およびTh17細胞分化を負に制御していることが明らかになりました。
ヒトの関節リウマチとバセドウ病はTh17細胞がその発症に関与することが知られています。そこで、健常人集団、関節リウマチ患者集団、および、バセドウ病患者集団について、ヒトのPDLIM4のLIMドメイン内におけるアミノ酸置換を伴う一塩基多型(SNP)の頻度を統計学的に比較検討したところ、このSNPが、関節リウマチとバセドウ病の発症リスクを上昇させることを発見しました。このSNPは、LIMドメイン内の一つのグリシン残基がシステインに置換されたもので、日本人の約30%が持っています。LIMドメインは、八つの保存されたシステイン(またはヒスチジン)残基を持っていますが、このアミノ酸置換により、さらにもう一つシステインが付加されることになり、LIMドメインの構造と機能に影響を及ぼす可能性が考えられました。
実際、このアミノ酸置換を有するPDLIM4は、野生型のPDLIM4と比べてPTP-BLへの結合が低下しており、このためSTAT3を脱リン酸化・不活性化する作用が有意に低下していました。このことから、このSNPを持つPDLIM4は、STAT3を不活性化してTh17細胞分化を十分に抑制することができないために、自己免疫疾患である関節リウマチやバセドウ病を発症しやすくなると考えられました。
以上の結果は、PDLIM4が関節リウマチやバセドウ病の新たな原因遺伝子の一つであることを示しています。実際にはPDLIM4の異常によるTh細胞の負の制御機構の破綻がヒトの自己免疫疾患の病因・病態と関連していると考えられます(図2)。これまでのヒトゲノムDNAを用いた遺伝子解析によって、自己免疫疾患の発症に関連する多くの遺伝子が同定されてきましたが、その多くは遺伝子の発現を調節する領域の遺伝子の多型でした。これに対し本研究は、PDLIM4のタンパク質のアミノ酸の変化を伴う多型が疾患感受性と関連していることを証明し、さらにはこのタンパク質のアミノ酸の変化がPDLIM4の機能異常を起こす分子メカニズムまで明らかにした数少ない研究です。PDLIM4による免疫反応の抑制機構を制御することは、アレルギー疾患や自己免疫疾患の新たな治療法になることが期待できます。
図2 LIMドメイン内にアミノ酸置換を伴う一塩基多型を有するヒトPDLIM4
LIMドメイン内にアミノ酸置換を伴う一塩基多型(SNP)を有するPDLIM4は、PTP-BLとの結合が低下してSTAT3を十分不活性化できないため、Th17細胞分化が過剰になることにより、関節リウマチやバセドウ病の発症リスクが上昇する。
今後の期待
本研究により、PDLIM4がT細胞の分化を抑制する新たな分子であること、および、PDLIM4の異常がヒトの自己免疫疾患の発症のリスクと関連していることが明らかになりました。
PDLIM4による免疫反応の抑制機構は、アレルギー疾患や自己免疫疾患の治療を目的とした人為的な免疫制御法の開発に役立つと期待できます。また、他のLIMタンパク質も、それぞれが異なったメカニズムで、免疫細胞の活性化を負に制御している可能性が示唆されます。
補足説明
- 1.ヘルパーT細胞
T細胞は免疫制御の中心的役割を果たすリンパ球で、各細胞(クローン)が異なる抗原特異的な受容体(T細胞抗原受容体:TCR)を発現し、抗原を特異的に認識する。ヘルパーT細胞はCD4という表面分子を持つT細胞で、他の免疫細胞を活性化したり、骨髄で形成されるB細胞からの抗体産生の調節をしたりする。病原微生物が感染すると、サイトカイン(細胞同士の情報伝達に関わる生理活性因子)の刺激に応じて、Th1、Th2、Th17と呼ばれる異なった機能を持つT細胞に分化する。Th1は細胞内細菌やウイルス感染、Th2は寄生虫感染、Th17は細胞外細菌や真菌感染に対抗する免疫応答を起こす。 - 2.転写因子
特定のDNA配列に結合して遺伝子の発現を制御するタンパク質。 - 3.一塩基多型(SNP)
ゲノムDNAの塩基の「一つだけ」が別の塩基に置き換わる違いのことで、ある集団の中で一定以上の頻度で見られる場合を「多型」という。一部の多型は病気にかかりやすいかどうかに関わっている。SNPはSingle Nucleotide Polymorphismの略。 - 4.自己免疫疾患
何らかの免疫異常によって自分の体や組織を異物のように認識し、自己抗体や自己に反応するリンパ球をつくり、自分の体を攻撃する疾患。代表的なものに関節リウマチなどあるが、根本的な治療法は見つかっていない。 - 5.STAT
サイトカイン、増殖因子、ホルモンなどのシグナルを細胞膜上の受容体から核まで伝達する細胞内情報伝達分子であるが、核に入った後は、転写因子としてDNAに結合して遺伝子の発現を制御する。細胞内情報伝達と遺伝子発現制御の二つの機能を兼ね備えている。STATはSignal Transducers and Activators of Transcriptionの略。 - 6.LIMドメイン
タンパク質は、その分子中で複数の領域に分けることができる場合があり、これをドメインと呼び、特定の機能や構造で他と区別できる。LIMドメインは、システインとヒスチジンが規則的に並ぶ特徴的な構造をしたドメインで、二つ以上の異なるタンパク質の結合を仲介する足場のような役割をする。LIMは、最初に発見されたこの構造を共通に持つ三つのタンパク質の頭文字に由来する。 - 7.タンパク質チロシン脱リン酸化酵素
タンパク質中のチロシン残基に付いたリン酸だけを特異的に外す酵素。タンパク質のリン酸化は、遺伝子変化を介さないタンパク質の性質変化で「翻訳後修飾」と呼ばれる。チロシン残基の可逆的リン酸化は、そのタンパク質を活性化させることで、増殖、接着、運動、分化といった基本的な細胞機能の制御に深くかかわるシグナル伝達を担う。 - 8.Nippostrongylus brasiliensis感染
Nippostrongylus brasiliensisはマウスの小腸に寄生する線虫の一種で、ヒトの腸管内寄生虫感染症のモデルとなる。その排除には、Th2細胞の作用によって誘導される腸管粘膜上皮からの粘液成分の産生が重要である。
共同研究グループ
理化学研究所 生命医科学研究センター 炎症制御研究チーム(研究当時)
チームリーダー(研究当時)田中 貴志(タナカ・タカシ)
(現 免疫器官形成研究チーム 客員研究員)
テクニカルスタッフⅠ(研究当時)城道 絢(ジョウドウ・アヤ)
(現 代謝ネットワーク研究チーム テクニカルスタッフⅠ)
テクニカルスタッフⅠ(研究当時)杉本 晶子(スギモト・アキコ)
(現 感染免疫研究チーム テクニカルスタッフⅠ)
兵庫医科大学 医学部 免疫学講座
講師 中平 雅清(ナカヒラ・マサキヨ)
東京科学大学総合研究院 難治疾患研究所 ゲノム機能多様性分野
教授 高地 雄太(コウチ・ユウタ)
(理化学研究所 生命医科学研究センター 自己免疫疾患研究チーム 客員研究員)
和歌山県立医科大学 産官学連携推進本部
学長特命教授 改正 恒康(カイショウ・ツネヤス)
研究支援
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)「炎症の慢性化機構の解明と制御(研究総括:高津聖志)」の研究課題「炎症反応を負に制御する分子機構の解明(研究代表者:田中貴志)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(C)「Th17細胞分化を負に制御するLIM蛋白ファミリーの役割の解明(研究代表者:田中貴志)」による助成を受けて行われました。
原論文情報
- Aya Jodo, Masakiyo Nakahira, Yuta Kochi, Akiko Ishige-Sugimoto, Tsuneyasu Kaisho, Takashi Tanaka, "PDLIM4 promotes dephosphorylation of STAT transcription factors by recruiting PTP-BL and inhibits Th1, Th2, and Th17 cell differentiation.", International Immunology, 10.1093/intimm/dxag019
発表者
理化学研究所
生命医科学研究センター 炎症制御研究チーム(研究当時)
チームリーダー(研究当時)田中 貴志(タナカ・タカシ)
(現 免疫器官形成研究チーム 客員研究員)
テクニカルスタッフⅠ(研究当時)城道 絢(ジョウドウ・アヤ)
(現 代謝ネットワーク研究チーム テクニカルスタッフⅠ)
田中 貴志
発表者のコメント
本研究は、PDLIM4というT細胞の活性化を抑制する分子の同定から始まり、分子生物学的手法によるその機能解析に加えて、PDLIM4欠損マウスを用いたPDLIM4の細胞レベルおよび個体レベルでの機能解析、さらにはヒト疾患ゲノムを用いたPDLIM4の機能異常と自己免疫疾患発症の関連までの一連の研究を行ったという意味で、非常に興味ある論文になっています。2005年にLIMタンパク質が免疫細胞でのシグナル伝達を負に制御することを初めて報告しましたが、今回の論文でLIMタンパク質の異常がヒトの免疫疾患の発症に関係することが初めて証明されました。今後は他のLIMタンパク質についても同様にヒトの免疫疾患の病因病態への関与が明らかになることが期待されます。(田中 貴志)
報道担当
理化学研究所 広報部 報道担当
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