リンが欠乏した植物の成長に必要な化合物を発見

2021/10/23  国立研究開発法人 理化学研究所 

2021年10月23日

理化学研究所

リンが欠乏した植物の成長に必要な化合物を発見

-痩せた土地における農業技術への応用に期待-

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター植物脂質研究チームの中村友輝チームリーダーらの国際共同研究チームは、「ホスホコリン[1]」という化合物がリン欠乏状態の植物の成長に必要であることを発見しました。

本研究成果は、養分の少ない土壌における農作物の増産や植物による物質生産の増強に向けた、代謝エンジニアリング[2]に貢献すると期待できます。

リンは生体膜を構成するリン脂質に多く含まれていますが、植物がリン欠乏状態になったとき、リン脂質の代謝がどのように変化するかは不明でした。

今回、国際共同研究チームはモデル植物のシロイヌナズナ[3]を用いて、リン欠乏状態おけるリン脂質の代謝の変化を包括的に調べ、主要なリン脂質ホスファチジルコリンの合成前駆体であるホスホコリンに着目しました。ホスホコリンの合成能力が低下した植物体を作製し、リン欠乏状態にしたところ、野生株と比較して根が短くなりました。しかし、そこにホスホコリンを与えると根の長さが回復し、同様の効果は葉の成長にも見られました。これらの結果から、リン欠乏状態の植物はホスホコリンの合成を促すことで、成長を維持している可能性が明らかになりました。

本研究は、科学雑誌『Journal of Experimental Botany』オンライン版(10月22日付)に掲載されます。

背景

リンは植物の生育に必須の元素です。環境中のリンは土壌に含まれますが、自由に動くことのできない植物は土壌のリンが不足しても、じっと耐え忍ぶしかありません。そのため、植物は自身の体内にあるリンを活用することで、リンが欠乏した環境を生き延びる仕組みを持っています。

リンは生体膜を構成するリン脂質に多く含まれています。植物はリン欠乏状態になると、リン脂質中のリンを光合成でつくり出せる糖に置き換え、糖脂質を生み出すことで、不足したリンを補いながら生体膜の働きを保ちます。こうした仕組みは「膜脂質リモデリング」と呼ばれ、植物がリン欠乏状態に適応するために重要だと考えられています。

これまで、リン欠乏状態の植物がリンを糖に置き換える代謝の仕組みはよく研究されてきました。しかし、リンが欠乏したとき、リン脂質自体の代謝がどのように変化するかは不明でした。

研究手法と成果

国際共同研究チームはまず、モデル植物のシロイヌナズナを用いて、リン欠乏状態の地上部と根において、リン脂質の代謝がどのように変化するか包括的に調べました。その結果、最も主要なリン脂質であるホスファチジルコリン(PC)が合成される際に働くPMT酵素[4]に着目しました。

PMT酵素は、PCの合成前駆体である「ホスホコリン」という化合物を合成します。シロイヌナズナでは三つのPMT酵素が知られています。そのうちPMT1とPMT2の二つの酵素の遺伝子発現がリン欠乏によって上昇することが分かりました。そこで、これら二つのPMT酵素の遺伝子を同時に破壊した植物体(pmt二重破壊株)を作製して、リン欠乏状態にしました。すると、pmt二重破壊株は野生型と比べて根の長さが短くなりました(下図左)。さらに、このリン欠乏状態のpmt二重破壊株にホスホコリンを与えたところ、根の長さが回復しました(下図右)。同様の効果は葉の成長にも見られました。

これらの結果から、リン欠乏状態の根や葉では二つのPMT酵素が活性化し、ホスホコリンの合成を促すことで、植物の成長を維持している可能性が明らかになりました。

図 リン欠乏下とホスホコリン添加後のpmt二重破壊株の根の変化

シロイヌナズナの野生型とpmt二重破壊株を、リンを含む通常の培地で7日生育した後、リン欠乏培地(左)、またはリン欠乏培地にホスホコリンを添加した培地(右)で、さらに7日間生育した植物体の写真。野生型には変化が見られないが、pmt二重破壊株の短い根はホスホコリンの添加により劇的に回復していることが分かる。

今後の期待

これまで、ホスホコリンはリン脂質PCの合成に使われる前駆体であると考えられてきました。しかし、動物細胞ではホスホコリンが細胞の増殖を促すことが知られており、植物でも成長を促す何らかの役割を持っている可能性があります。

リン欠乏状態の植物は、土壌中のリンをできるだけ多く吸収するため、地上部の成長を抑えて、地下の根を積極的に成長させることが知られています。今後、リン欠乏状態の根におけるホスホコリンの役割をさらに研究することで、痩せた土壌で作物を育てる技術の開発に役立つ知見が得られるものと期待できます。

本研究成果は、国際連合が2016年に定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)[5]」のうち、「2.飢餓をゼロに」、「3.すべての人に健康と福祉を」、「13.気候変動に具体的な対策を」、「15.陸の豊かさも守ろう」に貢献するものです。

補足説明

  • 1.ホスホコリン
    リン酸化されたコリンであり、細胞膜を構成するリン脂質ホスファチジルコリンの合成前駆体であるとともに、ヒトではC反応性タンパク質の結合標的として免疫反応に関わる。コリンは水酸基を持つ第四級アンモニウムカチオンであり、ヒトでは細胞膜や神経伝達物質の原料となる。しかし、体内で充分量を合成できないため、必須栄養素として食餌から摂取する必要があり、適正摂取量も定められている。植物では、細胞膜の原料としての役割を除いて、機能がよく知られていない。
  • 2.代謝エンジニアリング
    遺伝子組換え技術を用いて生物の代謝の流れを任意に改変することにより、有用な化合物を作り出す技術。生き物の持つ能力を存分に活用した究極の「ものづくり」の一つといえる。
  • 3.シロイヌナズナ
    アブラナ科の一年生植物。ゲノムサイズが小さいこと、世代が短いこと、栽培が容易であること、遺伝子導入が容易であることなどから、種子植物のモデル生物として研究に用いられる。
  • 4.PMT酵素
    正式名称はPhospho-base N-methyltransferase。リン脂質合成の中間体であるホスホエタノールアミンやそのメチル化誘導体に、メチル基を添加する活性を持つ酵素の総称。ホスホエタノールアミンが3回メチル化を受けると、ホスホコリンが生成する。
  • 5.持続可能な開発目標(SDGs)
    2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省ホームページから一部改変して転載)。

国際共同研究チーム

理化学研究所 環境資源科学研究センター 植物脂質研究チーム
チームリーダー 中村 友輝(なかむら ゆうき)
(アカデミアシニカ 植物及微生物学研究所 研究員/教授)

アカデミアシニカ 植物及微生物学研究所(台湾)
研究学者 ハイアン・ゴ(Hai Anh Ngo)
特殊技能アシスタント 劉 昱志(リウ・イュジー)
ポスドクフェロー(研究当時) アルティックエリザ・アンカウィジャヤ(ArtikElisa Angkawijaya)
大学院生(研究当時) 林 映辰(リン・インチェン)

研究支援

本研究は、科学技術部(台湾)「ライジングスターアワード(受領者:中村友輝)」による支援を受けて行われました。

原論文情報

  • Anh H. Ngo, Artik Elisa Angkawijaya, Ying-Chen Lin, Yu-chi Liu, and Yuki Nakamura, "The phospho-base N-methyltransferases PMT1 and PMT2 produce phosphocholine for leaf growth in phosphorus-starved Arabidopsis", Journal of Experimental Botany, 10.1093/jxb/erab436

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 植物脂質研究チーム
チームリーダー 中村 友輝(なかむら ゆうき)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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