【くまもとアートポリス建築展2017|開催概要】熊本シンポジウム「一緒に考え、一緒につくる」~熊本地震からのすまいの再建~

2018年01月12日 

【くまもとアートポリス建築展2017|開催概要】熊本シンポジウム「一緒に考え、一緒につくる」~熊本地震からのすまいの再建~

最終更新日:2018年1月12日

くまもとアートポリス建築展2017|開催概要 熊本シンポジウム「一緒に考え、一緒につくる」

平成29年12月10日(日曜日)、くまもとアートポリス建築展2017のメインイベントとしてシンポジウム(会場:熊本県庁地下大会議室(熊本市))を開催しました。
このシンポジウムは、熊本地震からの復旧・復興のために「災害に負けない熊本」「熊本地震からのすまいの再建」などをテーマとしており、250名を超える参加者となりました。



[第一部パネルディスカッション]―災害に負けない熊本ー

「自然に開き、人と和す」というアートポリスのテーマで取り組んだ3つの施設をモデルケースとして、災害時における役割や防災のあり方を話し合いました。

コーディネーター:曽我部昌史(建築家・KAPアドバイザー)

パネリスト(五十音順・敬称略):有浦隆(熊本県危機管理防災企画監)、小川次郎(日本工業大学教授、アトリエ・シムサ)、川島浩孝(共同建築設計事務所)、下村貴文(阿蘇温泉病院総院長)、末廣香織(建築家・KAPアドバイザー)、古里さなえ(九州大学大学院)、柳澤潤(関東学院大学准教授、コンテンポラリーズ)、山田一隆(大腸肛門病センター高野病院院長)

まず、それぞれの施設において、熊本地震とその後に、どのようなことが考えられ、建築が行われてきたのか振り返りました。

会場の様子


コーディネーターを務める曽我部昌史氏

阿蘇温泉病院の下村氏は、熊本広域大水害(平成24年)や熊本地震(平成28年)における被災状況とその際の対応状況、更に、今年9月、「阿蘇内牧温泉みんなの家」で開催された『くまもとお菓子まつり in 阿蘇』(くまもとアートポリス建築展2017の協賛事業)の様子を説明され、災害時における地域医療の在り方や地域住民の役に立つような場所をつくりたいという思いを語られました。

下村貴文氏

大腸肛門病センター高野病院の山田氏は、熊本地震(平成28年)における対応状況と姉妹病院との連携に加え、災害時における行政と病院の役割と連携について説明され、スピード感を持った対応と災害対策本部の重要性について熱く語られました。

山田一隆氏

熊本県危機管理防災課の有浦企画監は、西原村大切畑地区において地震で建物の9割が全壊(9名生き埋め)したにも関わらず、事前の訓練や救助活動等により死者を出さなかったのは、訓練と自助・共助精神育成の賜物であると「西原の奇跡」について説明され、住民の自主的な活動をキーワードとして「自らの命は“自ら”が守る」ことの大切さについて語りました。

有浦隆氏

その後、様々な経験から伝えるべき教訓について話し合い、パネリストから様々な立場における意識しておくべき視点を得ることができ、災害時における備えや防災のあり方を学ぶことができました。また、そのそれぞれの視点が「自然に開き、人と和す」のテーマにもつながっているようにも感じられました。

下村氏「準備が大事。南海トラフ地震の影響がある地域では十分に準備をしておいてほしい」

古里氏「災害時にスムーズな連携が図れるように、建築家として日頃からコミュニティを生むような場所をつくることが大事なのではないか」

末廣氏「建築はつくる過程でそこのコミュニティの力を育むきっかけになる」「支援の共有が今後非常に大事だと思う」

山田氏「災害対策本部をどこに置くかが重要」「今後の建物のあり方としては、免震構造にするなど耐震性を向上させることに少しお金を使うことで、震災が起こった時には大きな助けになる」

川島氏「病院の活動を継続できるハードを如何につくるかが建築に携わる者の責務」

柳澤氏「災害はすぐそこにある」「病院や公共施設全般を災害拠点に位置付けたほうがよいのではないか」

有浦氏「自らの命は“自ら”が守る」

小川氏「日常の生活の中からささやかな形で防災という意識を持てることが理想」

[発言順・敬称略]

末廣香織氏 古里さなえ氏 川島浩孝氏
柳澤潤氏 小川次郎氏

地震直後の高野病院建設現場の状況を語る

永野敦士氏(共同建築設計事務所)


[第二部対談]―熊本地震からのすまいの再建―

冒頭で蒲島知事が挨拶し、熊本県の復旧・復興に関わる4名のパネリストにより、復興の道すじについて話し合いました。

コーディネーター兼パネリスト:伊東豊雄(建築家・KAPコミッショナー)

パネリスト(五十音順・敬称略):荻上健太郎(日本財団 経営企画部部長)、奥山恵美子(前仙台市長)、蒲島郁夫(熊本県知事)

知事あいさつ

蒲島知事は挨拶の中で、「県では、熊本地震からの「創造的復興に向けた重点10項目」の第一に「すまいの再建」を掲げ、一日も早い生活再建に向け全力で取り組んでいる」と述べ、被災された方々が、自宅再建や災害公営住宅への入居など、「すまいの再建」に向けた取組みを安心して進められるよう、みんなで一緒に考えていきたいという今回のシンポジウムにかける思いを語りました。

蒲島知事のあいさつ

会場の様子

コーディネーターを務める伊東豊雄氏

熊本地震×くまもと×アートポリス

まず、特にすまいを中心に、本県でどのような対応がなされてきたのか振り返り、併せてアートポリスがどのように寄与してきたのか検証しました。

蒲島知事は、哲学的視点から「政治は可能性の芸術、不可能を可能に」と題して、「県民の総幸福量の最大化」を目指す本県の取組みを、3つの政治に沿って紹介しました。「決断の政治」では、職員給与のカットという苦渋の決断により、財政再建を成し遂げたこと。「目標の政治」では、目標を達成するための4つの要因((1)Economy(経済的豊かさ)、(2)Pride(誇り)、(3)Security(安全・安心)、(4)Hope(夢))を兼ね備えた“くまモン”のポテンシャルについて。「対応の政治」では、熊本地震において「復旧・復興の3原則」((1)被災された方々の痛みを最小化する、(2)単に元あった姿に戻すだけでなく、創造的な復興を目指す、(3)復旧・復興を熊本の更なる発展につなげる)を掲げ、1日も早い復旧・復興を3期目の使命としていること。さらに、復旧・復興プラン(H28.8月策定)に掲げる4つの柱((1)住まいの創造、(2)仕事の創造、(3)熊本の宝の創造、(4)世界とつながる創造)を説明し、熊本地震からの創造的復興にかける思いを語りました。

蒲島知事

荻上氏は、日本財団の「わがまち基金」を活用して小規模な仮設住宅にみんなの家を整備したり、被災した公民館を地域づくりを担うみんなの家として再建する話などを交え、行政では対応できない部分への財政支援に柔軟に対応したいという思いを語られました。

荻上健太郎氏

奥山氏は、仙台市長として対応された東日本大震災での経験を踏まえ、仙台市における被害状況や災害対応について説明され、第1号のみんなの家の経緯(いきさつ)を交えながら今回の熊本地震においてほぼすべての仮設住宅にみんなの家が整備できたことが今後の災害対応における大きな一歩となったとお話しいただき、引き続き東日本でも残された課題に立ち向かう覚悟を語られました。

奥山恵美子氏

伊東コミッショナーは、東日本大震災の際に訪れた避難所で、「皆でご飯を食べられたり、一緒に寝られなくなるから、仮設住宅には行きたくない」といった声を耳にし、仮設住宅の中にコミュニティーの拠り所になる場所をつくることならできるのではないかと考えたことが「みんなの家」の発想の元になったことを語りました。また、第1号のみんなの家を熊本から提供する際に、湯前町と水上村から提供されたプレカットした木材と一緒に湯前町の主婦の方から漬物も一緒に持っていってという泣かせる話が、熊本と仙台との交流のきっかけになったことをしみじみと語りました。

従来の前例を変えていく難しさについて伊東コミッショナーが問うと、蒲島知事は「前例をつくることは難しいが、つくれば次に役立つ」と被災者の痛みの最小化に立ち向かってあげた成果を誇らしく語りました。それに対し、奥山様は「国は日本全国に適用したらどうなるか考える。現地と制度を所管する間では災害対応でも継ぎ合わせは難しい」と国と県・市との違いがあることも語りました。

また、伊東コミッショナーからは、東北ではなかなか定着しなかった「みんなの家」が、熊本では皆に認識していただいていることへの驚きと、さらに被災した公民館をみんなの家として再建する企画が公共建築のあり方に示唆を与える非常に意味のある取組みであることへの感銘が窺えました。

伊東豊雄氏

熊本地震×すまいの再建×その先へ

次に、4万数千人が未だ仮設住宅で生活されている中、災害公営住宅の整備も含め、すまいの再建をどのように進めていくのが良いのか、どのような手立てがあるのかなど、これまでの経験や取組みなどを踏まえ、熊本地震からのすまいの再建に向けた道すじについて話し合いました。

奥山氏は、先行して取り組んでこられた経験を踏まえ、仙台市での取組みなどを紹介されました。復興の最中において災害公営住宅の整備戸数をいくらに見積もるかの難しさや、なるべく早く戸別訪問を始めることの重要性について語られ、「被災された方々を様々な制度につなげていく行政の下支えや、被災された方々が意欲や希望を失わない様々な働きかけといったきめの細やかさがすまいの再建には欠かせない」とコメントされました。

蒲島知事は、被災された方々が安心してすまいの再建を進められるよう、復興基金を躊躇なく活用して本県が整備したすまいの再建に向けた具体策「再建方法に応じたパッケージ支援」について説明し、「被災された方々が恒久的なすまいを持って、初めて熊本地震からの復興があると固く信じている」とコメントしました。また、被災された方々に考える余裕ができた時期にパッケージ支援を打ち出せたことと、パッケージ支援の構築は「くまもと型復興住宅」のモデルハウスがあったからこそできたことを振り返りました。

荻上氏は、日本財団の「わがまち基金」で住宅再建への利子補給にご支援されたことついて説明され、公的機関ではないため公平性に縛られることなく、早期に立ち上がれる方の背中を押すことで、その他の被災された多くの方が自分のすまいを取り戻そう、建てようという取っ掛かりにつなげたかったという思いを語られ、「そのような取っ掛かりをつくらせてもらうのが日本財団の使命であり、県との包括協定があったからこそ公的な支援にもつながった」とコメントされました。

最後に一言

奥山氏は、住宅再建の利子補給に日本財団の支援が入っていることが非常に画期的で、貴重な一歩であると評価されました。また、建築展で開催している展覧会を例に、被災された方々が写真を撮られる側から撮る側に、何か自分たちがやる側に転換することこそ復興ではないかと語られ、「熊本での取組みが実例となり、全国に発信されることを願っています。東日本もその波に負けないように東日本から発信できることを模索していきたい」とコメントされました。

荻上氏は、いつ起こるか分からない災害に備えるために、普段からのコミュニティづくりに日本(人)がこれから挑戦していかなければならないことと、このコミュニティのあり方を議論する中で企業が果たすべき役割も考えていかなければならないという課題について提案され、日本財団のさらなる事業展開への意欲が窺えました。

伊東コミッショナーは、荻上氏のコメントに賛同し、東日本でみんなの家を整備する際、海外の企業からの寄附が圧倒的に多かったことや、今回の熊本地震において桜の樹を寄附してくれたのもドイツのカールツァイス社であったことに触れ、「社会貢献として日本の企業にももう少し考えていただけるとありがたい」とコメントしました。

蒲島知事は、仙台市での第1号のみんなの家の経験があったからこそ、熊本県での様々な取組みにつながったと伊東コミッショナーと奥山氏にお礼を述べました。また、日本財団からの支援において、何より熊本城の復興に対する30億円の支援がありがたかったと荻上氏にお礼を述べました。最後に、「今後日本で起こり得る災害への対応力向上につなげていくため、熊本での経験を広く発信していきたい」とコメントしました。

復興の道すじだけでなく、今後起こり得る災害への対応力を向上させるための備えや考えるべき内容についても議論することができました。


[第三部表彰式]―第22回くまもとアートポリス推進賞―

本年同賞で選出された推進賞2作品、同選賞3作品の表彰式を開催しました。

各受賞者に蒲島知事から表彰状が授与され、各代表者から受賞コメントをいただきました。

最後に、くまもとアートポリス推進賞の選考委員である北野委員長から総評があり、受賞者全員で写真撮影を行いました。

表彰状の授与

受賞コメント

北野選考委員長からの総評

記念の写真撮影


参加者からは、「建築の話に留まらず、貴重な経験や考えなど多方面にわたる話が聞けてとても参考になった」、「安心感や夢を感じることができた」、「今後もアートポリスを継続し、熊本地震での取組みなどを広く発信していってほしい」という声が多く寄せられました。

東日本大震災(平成23年)や熊本広域大水害(平成24年)での経験を交えた、熊本地震からのすまいの再建、さらには今後起こり得る災害への対応力の向上につながる意義深いシンポジウムとなりました。


最後となりましたが、登壇いただいた皆さまと参加者の皆さまに、この場を借りて御礼申し上げます。

くまもとアートポリス公式フェイスブックhttps://www.facebook.com/kumamotoartpolis

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