【講演】池田理事「企業の決済・商流データの活用と未来展望」(第8回FinTech(フィンテック)フォーラム)

2019/06/14  日本銀行 

【講演】企業の決済・商流データの活用と未来展望第8回FinTechフォーラムにおける論点提示

日本銀行理事 池田 唯一
2019年6月14日

はじめに

日本銀行理事の池田でございます。本日は第8回FinTechフォーラムにお集まりいただき、誠にありがとうございます。

今回のテーマは、企業の決済・商流データの活用です。前回のフォーラムではキャッシュレス決済を取り上げ、その現状や普及に向けた課題に加え、リテール決済データの活用に関する議論を行いました。一方、企業の決済の高度化や企業データの活用は、経営の効率化やオペレーションの再構築、あるいは新たな付加価値の創造などを通じて、企業の生産性の向上や経済の成長により直結する可能性を有していると思われます。

企業活動とファイナンス

「決済・商流データの活用」を「企業活動とファイナンス」と読み替えると、これが古くて新しいテーマであることが分かります。企業財務会計の歴史を振り返ってみれば、中世欧州で複式簿記が普及したことで、収入や支出の動きに注目した単式簿記を超えた大きな進歩がもたらされました。収入や支出の発生源となった商取引を適切に認識・測定し、これを資金の動きに結びつけるという技術革新は、企業活動とファイナンスを統合的に把握することを可能にしました。

現代においても、商取引により発生する売掛金や買掛金と、事後的に生じる資金の動きを正確に対応付けることが企業経理の基本の一つであることに変わりはありません。これは、企業が自らの経営動向を速やかに把握し、適切な経営戦略を策定するうえでも重要です。

また、企業活動の複雑化や高速化に対応して、財務会計ソフトからERP(Enterprise Resource Planning)まで様々な情報システムが発展しています。インターネットが広範に普及した近年では、これら情報システムのクラウドサービス化も進んでいます。一方、決済に関連した金融サービスにおいても、ファームバンキングの利用や決済情報提供のデジタル化が進展しています。

しかし、決済・商流データのさらなる有効活用を展望すると、依然、高い壁が残されているように思われます。それは、元来、個社ごとに最適化して発展してきた情報システムでは、効率化や活用に限界があるからです。

オープン化がもたらす効果

情報技術の普及に伴い、「オープン化」と「インターオペラビリティ」という2つのキーワードの重要性が高まっています。商流データと決済データの活用においても、この2つのコンセプトが、いま申し上げた壁を突破する鍵になりそうです。

決済・商流データを有効活用するには、必要なデータを取引先や金融機関から迅速に取得することが不可欠です。1つ目のキーワードであるオープン化は、情報の速やかで効率的な伝達において重要な役割を果たしています。従来、入出金に係る決済データは、通帳への記帳などを通じて取得されてきました。

ところが、近年、インターネットバンキングの利用や金融機関によるオープンAPIの提供が進みはじめ、これを活用した各種のサービスも次々に登場してきています。その結果、企業は必要な決済データを迅速に、かつ効率的に入手することが可能になりつつあります。中小企業向けの会計サービスにおいても、オンライン環境を利用して請求書の作成・授受を行うとともに、これらの商流データを会計ソフトに自動転送する機能が提供されるようになりました。こうして整備された商流データと決済データを機械学習に基づき自動で紐付けるサービスも登場しています。このような取り組みは、財務会計業務のコスト効率性を高めるだけではなく、経営動向のリアルタイムでの把握にも繋がります。

インターオペラビリティ

オープンな環境を利用した情報共有の広がりは、データ活用に向けた重要なステップです。しかしながら、取引相手が多様で、データの規格や仕様にバラツキがあると、当事者同士が情報を適切に理解することができず、データを有効活用することはできません。

自社オペレーションを効率化するために情報システム投資を進めた大企業は、比較的早い時期に個社最適化による壁に直面しました。小売業では、1980年代から商流EDIを活用する取り組みが進められましたが、各企業で細かい仕様が異なったことや取引先である卸売やメーカーとの連携もなかったため、情報システム投資の果実も企業内部に限定され、スケール化が難しいという課題を抱えていました。このため、2000年代には小売業界だけでなく卸売業界も含めて、内部仕様などに関する議論を重ね、EDIメッセージの標準化が推し進められました。

銀行業界では、2011年に全銀ネットの決済情報がXML化され、これが商流データとの統合的活用への道を開く契機にもなりました。そして、昨年末には、決済・商流データを同時に送信可能な全銀EDI(ZEDI)が稼働し、インフラも整いました。

この結果、企業は商流データとZEDIの情報を、より迅速かつ正確に紐付けることが可能になり、決済・商流データの統合的な活用を進める素地ができました。先に申し上げたように一部の業界では、長年にわたって商流データ仕様の統一化に取り組んでおり、これをZEDIの標準仕様のひとつに登録することも行われました。

異なるシステム間での互換性や相互運用性をインターオペラビリティと呼びますが、オープン化のもとで実現したインターオペラビリティは、商流データと決済データを統合活用して財務会計業務の効率化を推し進める鍵となっています。

コスト効率性の先にあるもの

企業の決済・商流データの活用に関心が集まっている理由は、財務会計業務の効率性の改善だけではないように思われます。まず想定されるのが、企業経営の高度化です。これまでは、売掛金の消込作業の効率化や、業況把握の早期化に注目が集まっていました。ところが最近は、売掛金の消込周期などを踏まえた不良化検知や督促準備の自動化など、信用リスク管理への応用に関心が広がりつつあります。また、資金繰り管理の分野でも、過去データの統計的分析と足もとの動向とを組み合わせることで、シミュレーション精度の向上が見込まれます。さらに、経営戦略の策定やビジネスリスクの特定など、より高い経営判断が求められる分野においても、決済・商流データを活用できる余地が生まれてくるかもしれません。

金融機関やフィンテック企業では、これらのデータを金融サービスの提供に活用できる可能性があります。例えば、会計サービス業界では、過去の会計情報に加え、直近までアップデートされた決済・商流データをも審査情報に加えることで、銀行がこれまで対応してこなかったような少額で短期の融資に取り組む先がみられています。金融機関もこうしたデータへのアクセスを確保することで、取引先の資金ニーズに対して、より機動的できめ細かな対応が可能になるかもしれません。

活用に向けた課題

このように、決済・商流データの活用には大きな潜在力が秘められており、様々な領域で企業活動の発展へとつながっていく可能性があります。ただし、決済・商流データの今後の利用拡大を図る上では、課題もあります。まず、オープン化に関しては、セキュリティ面で適切な対応がとられることが前提となります。決済・商流データには、個別の取引に関わる重要な情報が含まれているほか、更新系APIを用いて支払や送金を行う場合には、不正対応やシステムの頑健性などの面で、決済の安定性が十分確保される必要があります。

インターオペラビリティに関する課題も残されています。データ仕様の標準化が進んでいますが、多くの仕様が併存すると、決済・商流データを活用していく制約となってしまうおそれもあります。関係者の間で仕様乱立の防止に向けた議論が行われ、データの有効活用をサポートするための環境が実現することが求められます。

おわりに

中世欧州において、企業活動とファイナンスの統合的把握という技術革新をもたらした複式簿記は、21世紀のフィンテックによって、紙による管理から完全デジタルへの進化を遂げつつあります。そして、その進化は、財務会計事務の効率性を高めるのみならず、企業経営の高度化にも繋がる可能性を秘めていると思います。

本日のフォーラムが、企業における決済・商流データの有効活用に向けた課題や将来展望を共有し議論する場となり、今後の取り組みの活性化につながる契機となりましたら、大変幸いです。

ご清聴ありがとうございました。

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