安倍総理は「ディスカバー農山漁村(むら)の宝」交流会に出席しました

2019/12/03  首相官邸 

「ディスカバー農山漁村(むら)の宝」交流会

令和元年12月3日

挨拶する安倍総理1

挨拶する安倍総理2

挨拶する安倍総理3

盾を授与する安倍総理

参加者と交流する安倍総理1

参加者と交流する安倍総理2

参加者と交流する安倍総理3

参加者と交流する安倍総理4

参加者と交流する安倍総理5

令和元年12月3日、安倍総理は、総理大臣官邸で「ディスカバー農山漁村(むら)の宝」交流会に出席しました。

総理は、冒頭の挨拶で、次のように述べました。

「『ディスカバー農山漁村(むら)の宝』交流会の開催に当たり、一言御挨拶を申し上げます。
この交流会も今年で6回目となりました。農林水産業の現場で頑張っていらっしゃる皆さんとお会いすると、私はいつもふるさとの光景を思い出します。私の地元、山口県長門(ながと)市、かつては、私のふるさとは大津郡油谷町という町でありまして、今長門市になってるのですが、山陰の山々と日本海に囲まれた小さな町でありました。そこに東後畑の棚田があります。丘陵地に築かれた水田が日本海に向かって広がっている風景は、正に、息をのむほど美しい光景であります。いか釣り船が出ますと、そこに灯した火がずっと海と棚田に張った水に映って、本当にこれ美しい光景でございました。私はいつも息をのむほど美しいと、こう言うのですが、なぜ息をのむほど美しいかというと、実は選挙運動の時に、街宣車に乗って、『安倍晋三でございます』とか言っているのですが、思わずその私の名前を叫ぶのも忘れてしまうほど美しいという意味で、息をのむほど美しいとこう言っているところでございますが、実はこの棚田は、毛利氏が関ヶ原の戦いに敗れ、領地を縮小された際に、開墾されたものだそうであります。この200万石以上が36万石にこう縮まった時に、多くの武士階級も帰農して開墾をしたということでございまして、急峻(きゅうしゅん)な土地に、高い石垣を組み上げていく、当時の農民たちの汗の結晶だったと言えると思います。いつの時代も、主役の陰で苦労した人たちの存在を忘れてはならないと思っています。
今回の『ディスカバー 農山漁村(むら)の宝』では、個人部門を新設しました。人の努力や活躍があって地域が元気になり、そして日本も元気になっていきます。地域の魅力だけでなく、人の魅力にもスポットを当てて、日本全国に発信していきたいと考えています。そういう気持ちでこの会場を見渡しますと魅力にあふれる方々ばかりでございまして、この室内も輝いているんではないのかなあと思います。
さらに、今回は、3つもの高校が、農山漁村(むら)の宝に選ばれました。また、高齢者や女性が主体となった活動も数多く選定されています。年齢や性別などに関わりなく活躍できるのも、農林水産業の懐の深さといってもいいんだろうと思います。皆さんには、これからも、自信をもって更なる飛躍を遂げていただきたいと思います。日本のこの美しい原風景、環境や文化や伝統を守ったのは、それはやっぱり地域で頑張る皆さん、農林水産業なんだろうと思います。地域を守っていく、その誇りと共に皆さんも生きてこられたんだろうとこう思います。その意味においても我々もしっかりと皆さんと一緒にこの美しい日本を守っていきたい。その中でも皆さんが活躍することが、その美しい日本を守っていくことにつながっていく、こう思う次第でございます。
これから、ますます皆様方が活躍されますことを祈念いたしまして、私の御挨拶とさせていただきたいと思います。皆様、おめでとうございました。」

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