菅総理は「故中曽根康弘」内閣・自由民主党合同葬儀に参列しました

2020/10/17  首相官邸 

「故中曽根康弘」内閣・自由民主党合同葬儀

令和2年10月17日

式辞を述べる菅総理1

黙とうを捧げる菅総理

式辞を述べる菅総理2

式辞を述べる菅総理3

式辞を述べる菅総理4

献花をする菅総理1

献花をする菅総理2

葬儀に参列する菅総理

令和2年10月17日、秋篠宮皇嗣同妃両殿下御臨席の下、菅総理は、都内で行われた「故中曽根康弘」内閣・自由民主党合同葬儀に参列しました。

総理は、黙とうを捧(ささ)げ、追悼の辞を述べた後、献花を行いました。

総理は、追悼の辞で次のように述べました。

「本日ここに、従一位大勲位菊花章頸飾(けいしょく)、元内閣総理大臣、元自由民主党総裁、故中曽根康弘先生の内閣・自由民主党合同葬儀が行われるに当たり、謹んで追悼の辞を捧げます。
中曽根先生は、大正7年に群馬県高崎市にお生まれになり、長じて内務省に勤められたのち、先の大戦を経て、昭和22年、政界に転じ、28歳で衆議院議員に初当選されました。以降、連続20回の当選を果たし、科学技術庁長官、運輸大臣、防衛庁長官、通商産業大臣、行政管理庁長官と要職を歴任され、56年にわたって国政の中枢で御活躍になられました。
先生は、昭和57年11月に内閣総理大臣に就任され、戦後政治の総決算を掲げ、従来の基本的な制度や仕組みなどについて、新しい時代を迎えるための体制整備を実行されるなど、約5年間にわたり、その重責を担われました。
御就任当時は、東西の軍事的対立や世界経済の低迷、貿易摩擦の顕在化など、世界の荒波が我が国に打ち寄せていた時代であり、国内的には、内閣制度創設から100年、終戦から40年という節目を迎える中で、急速な高齢化が進むなど、社会構造の大きな変化に伴う新たな困難に直面していました。このように、国内外にわたる大きな転換点に当たって、先生は次世代に向け、全身全霊を傾けて新しい道を切り開かれました。
特に、内政面においては、行政改革を最重要課題の一つとして位置付けられました。行政の肥大化を抑制し、民間の自由な創意を発揮させるとの観点から、日本国有鉄道の分割・民営化や、日本専売公社及び日本電信電話公社の民営化を断行されました。
また、増税なき財政再建の基本理念の下、行政経費の節減、予算の効率化を図るなど、経費の徹底的な節減合理化と財政の健全化を強力に推し進められました。
外交面では、国際社会の平和と繁栄に積極的な貢献を行うとの立場から、米国を始めとする各国との関係強化を推進し、我が国の国際的地位を大きく向上されました。
先生は、結縁、尊縁、随縁という3つの縁を大切になさっておられ、多くの人と縁を結んでこられました。特に、今は亡き奥様を始め、御家族の皆様との強い結びつきを思い起こさずにはいられません。長年にわたり先生を支えてこられた御家族の深い悲しみに対し、心からお悔やみ申し上げる次第です。
中曽根先生は、次世代の我が国の姿を見据え、必要な改革を実行され、国際社会の平和と繁栄に貢献されました。先生が推し進められた改革の精神を受け継ぎ、国政に全力を傾けることをお誓い申し上げて、お別れの言葉といたします。どうか安らかにお眠りください。」

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