スルホニルフルオリドを安全・低コストで合成する新手法を開発

2024/08/29  日本軽金属ホールディングス 株式会社 

2024 年 8 月 29 日

分野:自然科学系
キーワード: スルホニルフルオリド、次亜塩素酸ナトリウム 5 水和物(SHC5®)、環境調和型変換、SDGs

化学界・産業界に革命!
スルホニルフルオリド安全・低コスト合成する新手法
―クリックケミストリーの加速に期待―

【研究成果のポイント】

◆クリックケミストリーを拡張するツールとして期待される硫黄-フッ素交換(SuFEx)反応※1の鍵となる化合物「スルホニルフルオリド※2」を、安全・低コスト・環境低負荷で合成する手法を開発

◆これまで、スルホニルフルオリドの合成には毒性の高い化合物が必要であり、安全な合成プロセスが求められていた

◆入手しやすく取り扱いが容易な SHC5®※3とフッ化カリウム(KF)を用いて、様々なチオール※4やジスルフィド※5をスルホニルフルオリドへと効率的に変換

◆副生成物は無毒なナトカリ塩(NaCl・KCl)のみで、環境への負荷が極めて小さいグリーン合成プロセスを実現

◆従来法に比べ、格段に安全かつ低コストでスルホニルフルオリドが合成可能なことから、今後の化学界、及び産業界においてスルホニルフルオリド合成の第一選択になりうる新手法として期待

概要

大阪大学産業科学研究所の滝澤忍教授、同大学大学院薬学研究科Mohamed S. H. Salem博士(特任研究員)、静岡理工科大学の桐原正之教授、イハラニッケイ化学工業株式会社、及び日本軽金属株式会社らの共同研究グループは、入手容易な原料であるチオールやジスルフィドを安全かつ低コストでスルホニルフルオリドへと変換する手法を開発しました。

スルホニルフルオリドは、硫黄-フッ素交換(SuFEx)反応において、アルコールや窒素求核剤と選択的に置換するため、分子と分子を任意につなぐクリックケミストリーを拡張する鍵化合物として注目されています。しかしながら、当初、その合成には毒性が高く取り扱いが困難なSO2F2ガスやKHF2などを使用しなければなりませんでした。そのため、安全で汎用性の高い合成法の確立が求められてきました。

本 研究では、市 販の次亜塩 素酸ナトリ ウム水 溶液 ( 有効塩 素濃度12% ) と 比 べ 、 有 効 塩 素 濃 度 が 42% の 固 体 で 取 り 扱 い が 容 易 なSHC5®(図1)とKFとを、チオール、及びジスルフィドに作用させることでスルホニルフルオリドへと効率的に変換できることを見出しました。副生成物は無毒なナトカリ塩のみの、環境に与える負荷が極めて小さいグリーン合成プロセスです。今後の化学界、及び産業界においてスルホニルフルオリド合成の第一選択になりうる新手法として期待されます。

本研究成果は、7月16日(火)(現地時間)にアメリカ化学会誌『ACS Sustainable Chemistry & Engineering』に公開されました。

研究の背景

二度のノーベル化学賞を受賞したKarl Barry Sharpless博士が提唱した高化学選択的・高収率・高速に分子と分子をつなぐ『クリックケミストリー(2001年)』の概念は、合成・材料・化学生物学、医薬品開発など様々な分野で幅広い有用性を発揮し、いまや途轍もない普及力を見せています。『クリックケミストリー』を拡張する新たなツールとして、SuFEx反応の活用がSharpless博士らによって2014年に提案されました。しかしながら、本反応の鍵となるスルホニルフルオリドの合成には、毒性のあるSO2F2ガスやKHF2などを使用しなければならないといった問題がありました。安全で環境にやさしいスルホニルフルオリドの合成を実現するために、これまで多種多様な化学反応プロセスが合成化学者の間で検討されてきました。

研究の内容

今回開発した合成法(図2)は、漂白剤の主成分である次亜塩素酸ナトリウムを高純度で含むSHC5®を、二酸化炭素雰囲気下、入手容易なスルフィド及びジスルフィド原料と反応させます。その結果得られるスルホニルクロリド溶液を、精製することなく濾過・濃縮し、固体で取り扱い容易なKFを含水アセトニトリル中でハロゲン交換反応に付すことで、目的のスルホニルフルオリドが最高99%の化学収率で得られます。

本反応の副生成物は無毒なナトカリ塩のみであり、水洗により簡便に除去できます。

図 2 安全かつ低コストなスルホニルフルオリドの新規合成反応プロセス

なお、合成したスルホニルフルオリドを SuFEx 反応に用いると、反応は首尾よく進行して二つの分子を連結することができました。(図 3)

図 3 本手法で合成したスルホニルフルオリドの SuFEx 反応

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本化学反応プロセスは、芳香族・脂肪族・複素環を有するスルホニルフルオリドを環境調和型かつテーラーメイドに合成できます。反応操作も非常に簡便であり、低コストかつ安全にスルホニルフルオリドを供給可能なことから、工業生産化への展開が期待されます。

図 4 イメージアート(松田崇 作/246Graphics):環境負荷を軽減できる手法であることを表現するために水資源を連想するような液体のビジュアルをメインの背景に、実験器具のフラスコにて有機合成反応を行っている様子を表現しています。本イメージアートは 『ACS Sustainable Chemistry & Engineering』 の Supplementary Cover に採用されました。

特記事項 本研究成果は、2024 年 7 月 16 日(火)(現地時間)にアメリカ化学会誌『ACS Sustainable Chemistry & Engineering』に掲載されました。

タイトル:“Green and Efficient Protocols for the Synthesis of Sulfonyl Fluorides Using Potassium Fluoride as the Sole Fluorine Source”

著者名:Sho Yamahara, Mohamed S. H. Salem, Takuma Kawai, Mai Watanabe, Yugo Sakamoto, Tomohide Okada, Yoshikazu Kimura, Shinobu Takizawa, Masayuki Kirihara

DOI:10.1021/acssuschemeng.4c03951

なお、本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業「革新反応研究」、及び文部科学省科学研究費助成事業「学術変革研究 A:デジタル化による高度精密有機合成の新展開」の一環として行われました。

用語説明

※1 硫黄-フッ素交換(SuFEx)反応

スルホニルフルオリドの SO2-F 結合は、酸化・還元・加水分解などの各種化学条件にきわめて安定であるものの、適切な活性化を経ることでアルコールや窒素求核剤と置換反応を起こす。本反応は化学選択性も高く、水系溶媒中でも進行する。

※2 スルホニルフルオリド

フッ化スルホニル基(SO2-F)を有する有機化合物の総称。生命現象を解析するのに役立つ化学プローブや共有結合を介した不可逆的阻害剤(例えばセリンプロテアーゼ阻害剤)にも使用されている。

※3 SHC5®

毒性や爆発性など危険性の低い環境調和型酸化剤。

※4 チオール

ヒドロキシ基の酸素原子を硫黄原子に置換した R-S-H 化合物の総称。

※5 ジスルフィド

R-S-S-R"のように、硫黄原子 2 つが結合した官能基を含む有機化合物の総称。S-S 結合は比較的弱く、求核剤との反応で切断される。

【滝澤教授のコメント】

医薬品等の有用な化合物を作り出す新しい有機合成反応の開発は、SDGs の観点からも大変重要な研究テーマです。そして、副生する廃棄物の環境への負荷も考慮した、真に環境に低負荷な反応プロセスの開発も益々重要となります。有用化合物をグリーンに合成し、様々な分野に波及効果のある研究を今後も日本から発信していきます。

SDGs目標

参考 URL

滝澤忍 教授 研究者総覧

https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/992a83c2c3217e
47.html


本件に関する問い合わせ先

<研究に関すること>

大阪大学 産業科学研究所
精密分子創製化学研究分野 教授 滝澤 忍(たきざわ しのぶ)
TEL:06-6879-8469
E-mail:taki@sanken.osaka-u.ac.jp

静岡理工科大学 理工学部 物質生命科学科 教授
桐原 正之(きりはら まさゆき)
TEL:0538-45-0166 FAX:0538-45-0110
E-mail:kirihara.masayuki@sist.ac.jp

日本軽金属株式会社 化成品事業部 市場開発部
TEL:03-6810-7109

<プレスリリースに関すること>

大阪大学 産業科学研究所 広報室
TEL:06-6879-8524 FAX:06-6879-8524
E-mail:press@sanken.osaka-u.ac.jp

静岡理工科大学 総務部 社会連携課
TEL:0538-45-0108 FAX:0538-45-0111
E-mail:shakai@sist.ac.jp

日本軽金属株式会社 広報室
TEL:03-6810-7160

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