当社はこのたび、Delft University of Technology(注1)(以下、デルフト工科大学)とオランダ応用科学研究機構(TNO)が共同で設立した世界有数の量子技術研究機関であるQuTechとともに、ダイヤモンドスピン方式の量子コンピュータにおける量子ビットを制御する電子回路を、極低温で動作させる技術を世界で初めて開発しました。
量子ビットが正確に動作するためには量子ビットの温度を極低温(およそ-268℃以下)に下げる必要がありますが、量子を制御する電子回路を極低温下で正確に動作させるのが難しく、冷凍機の外に設置する必要があったため、配線が複雑化してしまうことが課題でした。
今回開発した技術では、QuTechがこれまで培ってきた極低温でも動作する半導体集積回路(クライオCMOS回路)技術のノウハウを応用し、極低温冷凍機に設置したクライオCMOS回路を用いてダイヤモンドスピン量子ビットを駆動することに成功しました。これは配線の単純化を可能にし得る技術であり、高性能かつ大規模集積した量子コンピュータを構築可能になります。
本技術について、2024年2月18日(日曜日)から2月22日(木曜日)に米国サンフランシスコで開催される半導体技術に関する最大級の会議である「国際固体素子回路会議ISSCC 2024 (IEEE International Solid-State Circuits Conference 2024)」で研究結果を発表します。
【背景】
将来的な量子コンピュータでは、何百万もの量子ビットが搭載され、特に暗号や最適化、シミュレーションなどの分野において、従来のコンピュータよりもはるかに高速に複雑な問題を処理できるようになり、計算機の歴史における重要なマイルストーンになると言われています。
しかし、そのような大規模な量子コンピュータを実現するための課題の一つとして、量子ビットが安定に動作するために満たさなければならない温度の制約があります。量子ビットはごくわずかな熱などの様々な要因によって乱されてしまうため、可能な限り極低温に近い温度に冷却されていますが、計算中に量子コンピュータの心臓部に熱が伝達すると、量子ビットが保持している情報が即座に破壊されてしまいます。量子ビットの制御装置を常温の環境下に設置する従来の方法では、量子ビットが数千、数百万と増大するに伴って、極低温冷凍機からの配線の数も増加してしまいます。このような極低温下の量子ビットと常温の環境下の電子機器との間を接続する配線の多さがデバイスの信頼性や製造、サイズに劇的な影響を及ぼすことが課題となっています。
また、量子ビットだけでなく、量子コンピュータ全体を極低温にする手法については、集積回路のほとんどが-40℃から+125℃の環境温度にしか耐えられないように構築されているため困難でした。これらの課題を解決するため、今回、システム全体のパフォーマンスとスケーラビリティを犠牲にすることなく、極低温に耐えることが可能な集積回路の技術を開発しました。
【開発技術について】
今回開発した技術は、QuTechがこれまで培ってきたクライオCMOS回路技術や比較的高温(約4K)で動作するダイヤモンドスピン量子ビットに関する技術を活用することで、ダイヤモンドスピン量子ビットと同じ温度 (4 K) に置かれたクライオCMOS回路でダイヤモンドスピン量子ビットを実装することに成功しています。ダイヤモンドスピン量子ビット駆動に必要な磁場印加回路、およびマイクロ波回路を、クライオCMOS回路技術を用いて設計し、量子ビットと同じ極低温冷凍機内に入れた状態で動作させ、ダイヤモンドスピン量子ビットを駆動させるのに十分な強度の磁場、マイクロ波を発生させ、量子ビットを駆動することに成功しました。
これにより、従来、極低温下の量子ビットと常温下の量子ビット制御回路間において量子ビットの数に応じた本数だけ接続する必要があった配線について、量子ビット制御回路を極低温下で動作可能にすることで、将来的に極低温下にある量子ビットプロセッサと直接接続することが可能になり、量子コンピュータのスケーラビリティとパフォーマンスの両立を実現できます。
【今後について】
両者は今後、1量子ビット操作から2量子ビット操作への拡張や、量子ビット読み出し機能の実装など、他に必要な機能を開発していき、より大きな量子プロセッサへのスケールアップを目指した研究開発を加速させていきます。
【QuTech 主任研究員 Fabio Sebastianoのコメント】
電気システムの設計では、性能と電力の間には常にバランスがあり、一方の増加は他方の減少を意味します。我々は、消費電力を抑えながら高い性能を得ることを目指してチャレンジしています。
【QuTech 主任研究員 Masoud Babaieのコメント】
消費電力が高くなりすぎると、システムを低温に保つために使用される極低温冷凍機が過熱する可能性があるため、この研究は非常に重要です。配線のボトルネックを軽減するためにクライオCMOS回路を使用することで、極低温冷凍機に入る配線が少なくなり、量子コンピュータ全体のスケーラビリティが大幅に向上することが期待されます。
【富士通株式会社 富士通研究所フェロー兼 量子研究所 所長 佐藤 信太郎のコメント】
量子コンピュータにおいて制御回路と量子ビットの間の配線は大規模化する際の共通の課題ですが、本成果は、ダイヤモンドスピン量子ビットに対してクライオCMOS技術が適用でき配線問題を克服できる可能性を示すものです。このクライオCMOS技術を発展させることにより、ダイヤモンドスピン量子ビットを用いた量子コンピュータにおいて期待されているスケーラビリティの良さを引き出せることができると期待しています。
【商標について】
記載されている製品名などの固有名詞は、各社の商標または登録商標です。
【注釈】
注1
Delft University of Technology:
オランダ王国南ホラント州、学長 ティム ファンデルハーゲン
【関連リンク】
富士通とデルフト工科大学、量子技術を基盤とする先端コンピューティング技術の発展に向けた産学連携拠点を設置(2024年1月25日プレスリリース)(
https://pr.fujitsu.com/jp/news/2024/01/25-1.html)
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