温泉紅藻を用いた高効率な乳酸生産技術を開発

2024/05/15  学校法人 明治大学 

明治大学大学院農学研究科 伊東昇紀助教、 小山内崇准教授らの研究グループ

 明治大学大学院農学研究科環境バイオテクノロジー研究室の伊東昇紀助教、小山内崇准教授らの研究グループは、微細藻類の一種であるシゾン注1)が、他の微細藻類よりも効率的に乳酸を生産することを発見しました。

<研究成果のポイント>
●乳酸は、食品添加物や医薬品、バイオプラスチック原料として利用される有用物質である。
● 持続可能な社会実現に向けて、近年では、微細藻類を利用して二酸化炭素から直接乳酸をつくる技術が注目されている。
● 本研究によって、温泉に生息する紅藻であるシゾンが、他の微細藻類と比べて高効率な乳酸生産を行うことが判明した。
● 本研究成果は、シゾンを用いることで、持続可能な乳酸生産が可能になることを示唆している。

要旨
 乳酸は、D型乳酸とL型乳酸という鏡像関係にある2種類が存在し、どちらもバイオプラスチックであるポリ乳酸の原料として使われます。現在、乳酸のほとんどは、作物由来の糖を糖化し、それを微生物が分解することで生産されています。しかし、この作物をつかう生産方法は、広大な耕作地が必要となるほか、気候変動による作物価格の高騰などの影響を受けます。そのため、近年では、光合成をする微生物、すなわち微細藻類をつかった乳酸生産が注目されています。微細藻類は、光合成で固定した二酸化炭素を炭素源として、直接乳酸を生産することができます。現在、D型乳酸の生産としては、光合成を行う細菌であるラン藻を使った生産が報告されています。ラン藻は、暗嫌気条件という暗くてかつ酸素がない条件下で、光合成で蓄えた糖を分解し、D型乳酸を生産します。一方で、ラン藻は、他の生物の酵素を導入しないと、L型乳酸は生産できず、その生産量は、D型乳酸の1/15ほどです。このように、L型乳酸を効率よく生産する微細藻類は見つかっていませんでした。
 本研究グループは、単細胞性の真核生物で、イタリアの酸性温泉から発見された紅藻シゾンを用いてL型乳酸の生産を行いました。シゾンは、暗嫌気条件下で、L型乳酸を細胞外に排出しました。暗嫌気条件下での培養の前に、窒素源が不足した培地で培養したシゾンは、窒素源が豊富な培地で培養したシゾンよりも多くのL型乳酸を生産しました。また、シゾンは、酸性条件よりも中性条件で培養したときの方が多くの乳酸を生産しました。中性条件で培養したときの1時間あたりのL型乳酸の生産量(19.2 mg/L/h)は、ラン藻(2.7 mg/L/h)の約7倍でした。
 本研究によって、シゾンが、ラン藻よりも効率的にL型乳酸を生産することが判明しました。このことは、シゾンが、産業的なL型乳酸生産に利用可能な微細藻類の候補であることを示唆しています。また、シゾンは、遺伝子操作が可能な微細藻類であるため、今後は遺伝子操作を施すことで、さらなるL型乳酸の増産が可能になると考えられます。
 本研究は、明治大学大学院農学研究科 伊東 昇紀助教、小山内 崇准教授らのグループによって行われました。JST戦略的創造研究推進事業先端的低炭素化技術開発ALCA(代表:小山内崇)、JSPS科研費基盤B(代表:小山内崇)およびJSPS科研費新学術領域研究「新光合成」(領域代表:基礎生物学研究所皆川純教授、計画班代表:大阪大学清水浩教授)の援助により行われました。本研究成果は、2024年4月27日にオランダの国際誌「Algal Research」のオンライン版に掲載されました。
※研究グループ
明治大学 農学部農芸化学科 環境バイオテクノロジー研究室
助教 伊東 昇紀(いとう しょうき)
博士前期課程修了生 吉田 智尋(よしだ ちひろ)
博士前期課程1年 秋山 裕太(あきやま ゆうた)
元研究技術員 岩住 香織(いわずみ かおり)
准教授 小山内 崇(おさない たかし)

1.背景                                  
 乳酸は、様々な用途がある有用物質で、食品や医療分野での利用に加えて、バイオプラスチックの原料としても利用されています。乳酸を原料としてつくられるバイオプラスチックが、ポリ乳酸です。ポリ乳酸の「ポリ」は「多数の」という意味があり、ポリ乳酸は、乳酸が沢山つながってできたプラスチックです。ポリ乳酸は、ゴミとして土壌中や水中に廃棄された際に、微生物によって二酸化炭素と水にまで分解される生分解性という性質を有しており、環境問題の解決につながるプラスチックとして注目を集めています。乳酸には、右手と左手のように鏡像関係にある2種類の乳酸があり、それぞれD型乳酸、L型乳酸といいます。ポリ乳酸が、高い熱安定性や耐加水分解性を示すためには、D型乳酸とL型乳酸の両方を材料として使用する必要があります。
 現在、乳酸の90%以上は、植物由来の糖を炭素源とする微生物によって生産されています。この生産は、トウモロコシやサトウキビ由来のデンプンを糖化した後、それを微生物が炭素源として利用し、乳酸発酵をする二段階の生産です。しかし、この生産方法は、植物を利用するので、植物を栽培するための広大な耕作地が必要であることや食料との競合などの問題が生じる可能性があります。作物価格は、経済成長や気候変動の影響を受け、今後も増加していくと予想されています。そのため、上記の問題点を解決した新たな乳酸生産技術の開発が求められています。
 こうした背景の中で、注目されているのが、「微細藻類を用いた乳酸生産」です。微細藻類は、顕微鏡で観察される微細な藻類の総称です。微細藻類は、二酸化炭素の固定から乳酸発酵までを自分で賄うができます。加えて、微細藻類を用いた生産は、培養液中で行われるため、広大な耕作地が必要なく、食料との競合も起きません。このように、微細藻類を用いた乳酸生産は、持続可能な生産として期待されています。現在、D型乳酸の生産としては、酸素発生型の光合成をする細菌であるラン藻を用いた生産が報告されています。ラン藻は、暗嫌気条件という暗所でかつ酸素がない条件下で、光合成で蓄えた糖を分解してD型乳酸を生産します。D型乳酸の生産は、培養液中の窒素源やpHの影響を受け、現在、培養液あたりの生産量は、26.6 g/Lになっています。一方で、ラン藻は、L型乳酸を生成する酵素をもっていません。ラン藻に、他の生物のL型乳酸生成酵素を導入した研究では、L型乳酸の生産が確認されましたが、生産に28日間要し、生産量は、1.8 g/Lと少なめです。ミドリムシ(ユーグレナ)もL型乳酸を生産しますが、その生産は不安定であることが報告されています。このように、L型乳酸の生産に適した微細藻類は、見つかっていませんでした。
 そこで、本研究グループは、イタリアの酸性温泉から発見されたシゾン注1)という紅藻に着目しました(図1)。シゾンは、単細胞性の真核藻類で、細胞数が2倍になるために要する時間が約12時間であり、真核生物の中では比較的早く増殖します。シゾンは、全ゲノム配列が解読されており、近年では、シゾンの遺伝子改変技術も確立されています。また、シゾンは、ラン藻と異なり、L型乳酸生成酵素を複数種類持っており、夜間に乳酸発酵を行うことが以前の研究で示唆されています。このように、シゾンは、L型乳酸の生産に適した性質も持っています。

2.研究手法と成果
 今回、本研究グループは、シゾンを暗嫌気条件下で培養しました。暗嫌気条件下で、シゾンは、L型乳酸とコハク酸と酢酸という3種類の有機酸を細胞外に排出しました(図1)。
 シゾンのL型乳酸生産に対する窒素源の影響を調べるために、暗嫌気条件下での培養の前に、窒素源が豊富な培地で培養したシゾン(通常培養シゾン)と窒素源が不足した培地で培養したシゾン(窒素欠乏シゾン)を準備しました。
これらのシゾンを暗嫌気条件で培養した結果、窒素欠乏シゾンは、通常培養シゾンよりも多くのL型乳酸を生産しました(図2)。窒素欠乏シゾンが生産した全有機酸の中で、L型乳酸は9割を占めました(図1)。
 シゾンのL型乳酸生産に対する培養液のpHの影響を調べるために、培養液を酸性にした場合と、中性にした場合で培養を行い、比較しました(図3)。中性条件(pH 7.4)では、酸性条件(pH 2.5)よりも多くのL型乳酸を生産しました(図3)。また、酸性条件では、24時間で生産が頭打ちになるのに対し、中性条件では、36時間経ってもL型乳酸が増え続けました(図3)。
 中性条件で7日間培養したときのL型乳酸の生産量は、3.23 g/Lであり、ラン藻の1.8 g/Lよりも高い値でした(図4)。同様に、シゾンの培養1時間当たりの生産量(19.2 mg/L/h)もラン藻(2.7 mg/L/h)よりも高い値でした(図4)。これらの結果は、シゾンが、ラン藻よりも高濃度かつ高効率のL型乳酸生産を行うことを示しています。

3.今後の期待 
 本研究グループは、暗嫌気条件で培養することで、シゾンがL型乳酸を生産することを発見しました。さらに、シゾンの窒素源や培養液のpHを調整することで、ラン藻よりも効率的に多くのL型乳酸を生産させることに成功しました。このことは、シゾンが、産業的なL型乳酸生産に用いる微細藻類の有力な候補であることを示唆しています。今後は、L型乳酸を生成する代謝の調節点を見つける基礎研究やシゾンの遺伝子改変を行うことで、さらなる増産が可能になると考えられます。

4.論文情報
<タイトル>
L-Lactate production from carbon dioxide in the red alga Cyanidioschyzon merolae
(日本語タイトル 紅藻Cyanidioschyzon merolaeによる二酸化炭素からのL型乳酸生産)

<著者名>
Chihiro Yoshida, Yuta Akiyama, Kaori Iwazumi, Takashi Osanai, Shoki Ito

<雑誌>
Algal Research

<DOI>
https://doi.org/10.1016/j.algal.2024.103526

5.補足説明
注1)シアニディオシゾン(通称シゾン)
イタリアの温泉から単離された単細胞性の紅藻で、最も単純な細胞構造を持つ真核生物。真核藻類の中では最初に、全ゲノム配列が決定された。学名は、Cyanidioschyzon merolaeである。


図1. シゾンを用いたL型乳酸生産
         
シゾンは、単細胞性の微細藻類で、温泉に生息しています。シゾンは、暗くてかつ酸素がない条件(暗嫌気条件)で培養すると、細胞外に有機酸を排出します。排出する有機酸のうち、L型乳酸は、全有機酸の9割を占めています。

図2. 窒素欠乏状態のシゾンの有機酸の生産量
縦軸は、培養液1Lあたりの有機酸の生産量を表しています。暗嫌気条件での培養の前に、窒素源が不足した培地で培養したシゾン(窒素欠乏シゾン)は、窒素を十分に含む培地で培養したシゾン(通常培養シゾン)と比べて多くのL型乳酸を生産します。アスタリスクは、通常培養シゾンと窒素欠乏シゾンの間の統計的な有意差を表しています(*P<0.05, **P<0.005)。

図3. シゾンのL型乳酸生産に対する培養液のpHの影響
縦軸は、培養液1LあたりのL型乳酸の生産量を表しています。中性条件(pH 7.4)で培養したときは、酸性条件(pH 2.5)で培養したときよりも多くのL型乳酸を生産します。

図4. ラン藻とシゾンのL型乳酸生産の比較

シゾンは、ラン藻よりも多くの乳酸を生産します(左図)。さらに、シゾンは、培養1時間あたりの生産量、つまり生産効率もラン藻を上回っています(右図)。


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