プリンターで作成できる液滴レーザーディスプレイの開発に成功

2024/12/19  産業技術総合研究所(AIST) 

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発表・掲載日:2024/12/19

プリンターで作成できる液滴レーザーディスプレイの開発に成功


レーザー発光する液滴をインクジェットプリンターで吐出させ、高速かつ大量にレーザー光源を作成する手法を開発し、この液滴に電場を加えることにより、発光のON/OFFの切り替えが可能なことを見いだしました。また、この液滴を基板上に並べた小さなレーザーディスプレイの作成に成功しました。

テレビやパソコン、スマートフォンのディスプレイは絶えず進化しており、画質や鮮明さ、そしてエネルギー効率が日々向上しています。その次世代型として期待されているのがレーザーディスプレイで、特に輝度と色再現度の面で、有機ELや液晶ディスプレイといった従来の発光素子の原理的な限界を突破することができます。しかしながら、ディスプレイとして利用するためには、現在実現されている以上に素子を微細化し、高密度かつ大量に敷き詰めることが必要です。

本研究では、インクジェットプリンターで吐出した有機色素を添加したイオン液体の液滴が光励起によりレーザー光を発すること、およびその液滴に電場を印加することでレーザー光のON/OFF切り替えが可能なことを見いだしました。液滴の直径は30 µmと非常に小さく、また4 cm2ほどの大きな領域に高密度かつ大量に敷き詰めることができます。この液滴を電極で挟んで電場を印加したところ、球体の液滴が楕円球体へと変形し、それに伴いレーザー光の放出が止まったことから、この液滴が電気的にスイッチ可能な「レーザーピクセル」として振る舞うことが明らかになりました。また、この液滴を2x3の配列に並べたデバイスにおいても、各ピクセルのレーザー発光をON/OFFできることが分かりました。

今後、電気的なデバイス構成やレーザー性能の向上により、実用的なレーザーディスプレイの実現に寄与すると期待されます。

研究代表者

筑波大学数理物質系

山岸 洋 助教

産業技術総合研究所

高田 尚樹 研究グループ長

研究の背景

テレビやパソコン、スマートフォンなどのディスプレイは絶えず進化しており、画質や鮮明さ、そしてエネルギー効率が日々向上しています。ディスプレイの発光方式は、ブラウン管、液晶、有機ELと移り変わっており、次世代型として期待されているのがレーザーディスプレイです(図1)。レーザー光は有機ELディスプレイや液晶ディスプレイといった従来の発光デバイスからの光に比べて、単色性・コヒーレンス(波の干渉しやすさ)・指向性(光が広がらず、まっすぐ進む性質)に優れた光であり、ディスプレイとして利用した場合、輝度と色再現度の面で、これまでの原理的な限界を突破することができると考えられています。しかしながら、現在実現されているレーザー光源は、一つひとつが一辺数百µmから数mmほどの大きさを持つ複雑なデバイスであり、通常のディスプレイとして使用するためには、さらに素子を微細化し、高密度かつ大量に敷き詰めることが必要です。

研究内容と成果

本研究では、優れた耐久性と不揮発性を示すイオン液体注1)である1-ethyl-3-methylimidazolium tetrafluoroborateに有機色素注2)を添加した溶液を、インクジェットプリンティング技術注3)によって小さな液滴として超撥液加工を施した基板上に吐出したところ、一般に利用されている液晶ディスプレイや有機ELディスプレイの1画素とほぼ同等サイズの、直径30 µmほどの液滴が得られました。この液滴はインクジェットプリンターで作成することができ、高い位置精度で基板上に設置が可能です。40インチ 8Kモニターと同等の解像度で2 cm四方に液滴を敷き詰めることに成功しており、技術的にはより大きな領域にも同等の密度で液滴を設置することができます。一般に、液体デバイスは漏れや蒸発などの問題を抱えるため不安定であるとされていますが、今回開発したデバイスは、室温大気下で数ヶ月以上にわたり安定であり、機械的な振動が加わっても液体が漏れることはありませんでした。

次に、この液滴1滴を透明な電極で挟んだデバイスを作成して外部から光を照射したところ、液滴から赤色のレーザー光(液滴レーザー注4))が放出されていることが明らかになりました。この状態で液滴に電場を印加すると、液滴が電場に沿って変形し、レーザー光の放出が止まりました(図2)。この変化は視覚的にも確認でき、今回作成した液滴が、ディスプレイの「ピクセル」として利用できることが示されました(図3)。一般に、レーザー光を得るためには液滴が球体である必要があり、電場による変形がレーザー光の放出を止めたと考えられます。この仮説を検証し、メカニズムをより詳しく明らかにするため、流体力学計算および電磁気計算を行い、楕円状に変形した液滴の内部における歪んだ光の経路がその原因であることを突き止めました。

さらに、レーザーディスプレイを実現するためには、この液滴(レーザー光源)をより緻密に敷き詰める必要があります。そのプロトタイプとして液滴を2x3のアレイ状に配置したレーザーアレイデバイスを作成し、これにおいてもレーザー発光の電気的なスイッチングに成功しました(図4)。

今後の展開

本研究では、レーザーディスプレイとして利用可能な液滴レーザー素子の開発に成功しました。さらに、デバイスのコンパクト化、および液滴レーザーの耐久性とON/OFF比の改善により、レーザーディスプレイの実用化につながると期待されます。

参考図

図1 液滴レーザーディスプレイのコンセプトと緻密に並んだ液滴の写真(原著論文より引用・改変)
(左)レーザー光を放出する微細な液滴を基板上に密に並べて作成したレーザーディスプレイの模式図。
(右)インクジェットプリンターで基板上に設置した液滴の写真。

図2 液滴の変形によるレーザースイッチングの模式図(原著論文より引用・改変)
液滴に電場(E)を印加すると、その電場に沿って球体が楕円球体に変形し、レーザー光の放出が止まる。

図3 電場印加によるレーザー光の変化(原著論文より引用・改変)
電場を印加する前後の液滴の写真(左)。電場を印加すると赤色のレーザー発光が弱まり、自然発光注5)が強くなることが、測定データ(右)からも示された。

図4 レーザーアレイデバイスの構造とスイッチング性能(原著論文より引用・改変)

レーザーディスプレイとして利用するためのデバイス構造の模式図(左上)と、実際に作成したデバイスの写真(右上。図中のローマ数字は、それぞれの液滴を示す)。このデバイスに電場を印加すると、レーザー光の放出が止まる(発光が見られなくなる)ことが明らかとなった(左下・右下)。


用語解説

注1) イオン液体
塩化ナトリウム(NaCl)や塩化カリウム(KCl)のように、陽イオンと陰イオンから成る分子のうち、室温で液体であるもの。本研究に用いたイオン液体1-ethyl-3-methylimidazolium tetrafluoroborateは0〜10℃付近に融点を持つ。[参照元へ戻る]
注2) 有機色素
光の中でも、特に目に見える範囲の色の光を吸収したり発光したりする有機分子。本研究では、赤色に発光する有機色素 2-[4-(dimethylamino)styryl]-1-methylpyridinium iodideを用いた。[参照元へ戻る]
注3) インクジェットプリンティング技術
液体を、決まった量で決まった位置に吐出することができる技術。通常のインクジェットプリンターのように、任意に決めたパターンで液体を滴下することができる。[参照元へ戻る]
注4) 液滴レーザー
特殊な有機色素を入れたイオン液体の液滴から放出されるレーザー光。液滴の内部で色素の発光が閉じ込められ増幅されることで、レーザー光を放出する。[参照元へ戻る]
注5) 自然発光
物質から放出される一般的な光。レーザー光と比較して、色純度、輝度、指向性の点で劣っている。[参照元へ戻る]

研究資金

本研究は、科研費による研究プロジェクト(JP24K01306、JP24H01693、JP22K14656、JP23KK0099、JP20K04297)および科学技術振興機構(JST)による研究プロジェクト(戦略的創造研究推進事業 CREST(JPMJCR20T4)、同 ACT-X(JPMJAX201J)、創発的研究支援事業(JPMJFR232J))の一環として実施されました。

掲載論文

【題名】 Optically Pumped and Electrically Switchable Microlaser Array Based on Elliptic Deformation and Q-attenuation of Organic Droplet Oscillators
(有機液滴共振器の楕円体変形とQ値減少に基づく光励起で電気的にスイッチ可能なマイクロレーザーアレイ)

【著者名】 M. Kato, J. Miyagawa, S. Noguchi, N. Takada, S. Baba, S. Someya, A. K. Singh, J. S. Huang. Y. Yamamoto, and H. Yamagishi

【掲載誌】 Advanced Materials
【掲載日】 2024年12月17日
【DOI】 10.1002/adma.202413793

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