光ピンセットを使ってエネルギー移動の制御に成功

2024/06/11  学校法人 青葉学園 

-4色の光で反応過程を可視化-


<ポイント>
◇溶液にレーザー光を照射し、焦点にできる微粒子の中に2種類の蛍光分子を濃縮。
◇レーザー光の強度を変化させ、蛍光分子間のエネルギー移動の速度・効率を制御。
◇微粒子の色の変化で、エネルギー移動の反応過程を可視化。

<概要>
 フェルスター共鳴エネルギー移動(FRET)は、ある分子から別の分子へエネルギーが移動する過程のことで、光合成では重要な役割を担い、科学技術ではバイオイメージングなど生命科学分野で広く活用されています。
 大阪公立大学大学院理学研究科の永井 達也大学院生(当時 大阪市立大学大学院理学研究科 後期博士課程3年)、寺西 彩月大学院生(博士前期課程1年)坪井 泰之教授、神奈川大学理学部の東海林 竜也准教授、東京医療保健大学大学院医療保健学研究科の松村 有里子准教授らの共同研究グループは、レーザー光の焦点に形成された微粒子(ドロップレット)に、水溶液中の高分子を集める「光ピンセット技術」を応用し、溶液に混合した二種類の蛍光分子(青く光るエネルギー供与体と、オレンジ色に光るエネルギー受容体)をドロップレット内に抽出・濃縮しました。FRETは蛍光分子間の距離が近いほど起こりやすいため、レーザー光の強度を上げ、ドロップレット内の蛍光分子の濃度を高めることで、FRETの反応速度と効率の制御に成功しました。また、FRETが加速するとドロップレットが青色から緑色、黄色、オレンジ色へと連続的に変化するため、反応過程の可視化も実現しました。
 本研究成果は、2024年4月30日に国際学術誌「Advanced Optical Materials」のオンライン速報版に掲載されました。



坪井教授
<坪井教授 コメント>
私はフェルスター博士に強い憧れを抱きながら科学者人生を歩んでおり、いつの日かフェルスター博士がその理論を開拓・確立したFRETの応用に貢献する研究をしたいと願っておりました。自分の武器である光ピンセットを駆使し、教え子たちの頑張りもあって、その願いを叶えることが出来ました。この研究を多くの方に知っていただき、その応用や新展開をみんなで考えていければ嬉しいです。




<研究の背景>
 蛍光を発するエネルギーの高い状態にある分子を励起分子(D)といいます。この励起エネルギーは別の基底状態の分子(A)へ受け渡すことができ、このエネルギー移動の過程をフェルスター共鳴エネルギー移動(FRET)と呼びます。FRETは、植物の光合成反応をはじめ、生体内・細胞内のタンパク質の機能や生化学反応で見られる現象です。また、シグナル伝達を可視化できるバイオイメージングなどにも広く活用されており、現代テクノロジーの最重要キーワードの一つです。
 FRETの速度や効率は、分子DとAの種類と濃度に依存しているため、これらが固定されると外部からの作用で速度や効率を変化させることはできません。そのため、ミクロ空間でFRETの速度や効率が制御できれば、FRETの新たな応用展開が拓けます。

<研究の内容>
 本研究では、集光レーザービームが生む「光の圧力」と、温度応答性高分子を駆使し、FRETの速度・効率の制御を可能にする方法を開発しました。まず、水にポリビニルアルキルエーテル高分子、蛍光性のD分子とA分子を稀薄に溶解させ、分子の種類・濃度を固定した溶液を調整しました。この溶液に、顕微鏡下で波長1064 nmのレーザービームを照射すると、光の圧力の効果で焦点にマイクロ高分子ドロップレットが形成され、その中に蛍光分子を捕捉することができます。この技術は光ピンセットと呼ばれ、溶液中の蛍光分子D、Aはこのドロップレットに抽出・濃縮されます。
 ここで重要なポイントは、レーザー光の強度により光の圧力を制御できることです。これにより、マイクロドロップレット内に抽出される蛍光分子D、Aの濃度を制御することができました。また、このドロップレット内のFRETを蛍光スペクトル測定で観察したところ、光の圧力を高くするとFRETが加速し、蛍光分子Dの青い蛍光が減少、蛍光分子Aのオレンジ色の蛍光が強くなることを確認しました。これより、FRETの加速に伴いドロップレットのカラーが青色から緑色、黄色、オレンジ色へと連続的に鮮やかに変調するため、FRETの可視化も実現しました。以上のことから、蛍光分子の種類と濃度を固定した上で、ミクロ空間におけるFRETを光ピンセットにより制御することに成功しました。

<期待される効果・今後の展開>
 FRETは自然界の光合成で普遍的にみられる極めて重要な光過程であり、ナノフォトニクスや太陽光発電、さまざまな発光材料、発光プローブ、バイオセンサーへの応用が期待されています。FRETの駆動力である双極子‐双極子相互作用は、量子情報の記録や伝達にも密接に関連しており、本研究はまだまだ基礎的な段階ですが、将来的にはこれらの応用研究に新しい選択肢を与える可能性があります。新しい高分子系や蛍光分子だけでなく量子ドットへの拡張が、次のチャレンジと考えています。

<資金情報>
 本研究の一部は、JSPS科研費 基盤研究(B)(JP23H01794、JP20H02550)、基盤研究(C)(JP17K04974)、若手研究(JP18K14254)、新学術領域研究(JP16H06506、JP16H06507、JP19H05402)、学術変革領域研究(A)(JP23H04601)ならびに、住友電気工業株式会社、キャノン財団からの支援を受けて実施しました。

<掲載誌情報>
【発表雑誌】Advanced Optical Materials
【論 文 名】Forster Resonance Energy Transfer Control by Means of an Optical Force
【著  者】Tatsuya Nagai, Lu Jie, Satsuki Teranishi, Ken-ichi Yuyama, Tatsuya Shoji, Yuriko Matsumura, Yasuyuki Tsuboi*
【掲載URL】https://doi.org/10.1002/adom.202400302




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