「汚染/汚染除去」の概要と分類
TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures /自然関連財務情報開示タスクフォース)における自然資本への「インパクトドライバー」のひとつに、「汚染/汚染除去」があげられます。
環境汚染自体は昔から続く問題であり、過去には水俣病やイタイイタイ病のように人々に大きな被害をもたらした事例もあります。近年では、マイクロプラスチックや有機フッ化化合物(PFAS)などの新たな汚染物質も問題となっています。
PFASは、環境中に長く期間残留する物質で、
日本でもすでに環境中に拡散している実態が明らかになり、対策が急務となっています。
TNFDの枠組みでは、主に土壌、水源、大気中への汚染物質排出、廃棄物の処理またはリサイクル、そしてプラスチックによる汚染が「汚染/汚染除去」の対象です。アスタミューゼでは、ポジティブの概念を「広義のポジティブ(自然に対するネガティブな影響を最小限に抑える技術)」、「狭義のポジティブ(自然に対して直接的にポジティブな影響を与える技術)」、「モニタリング(自然への影響を測定・評価する技術)」の3つの視点で分けており、「汚染/汚染除去」の領域では以下のような分類となります。
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広義のポジティブ:工場や生活環境から自然環境への汚染物質の流出防止、環境中へ流出しても環境への負荷が少ない材料、金属やプラスチック廃棄物のリサイクル、化石燃料を使用しないエネルギー源
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狭義のポジティブ:既に汚染された土壌、河川、海洋などの自然環境中の汚染物質の回収および、除去
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モニタリング:環境中の汚染物質の拡散状況や移動経路のモニタリング、追跡およびシミュレーション、製品や材料、廃棄物の追跡(トレーサビリティ)
本レポートでは、アスタミューゼ独自のデータベースを活用し、上記の3つの分類に基づいて、特許、論文、研究プロジェクト(グラント)、スタートアップ企業における「汚染/汚染除去」に関する技術動向を分析しました。
「汚染/汚染除去」に関連する特許の分析
はじめに特許出願数について分析します。特許は、企業や大学がその領域において技術の独占するためのものであり、社会実装が近い、もしくは既に製品化済みである短中期の動向を示しています。図1は、2012年以降に出願された3つのネイチャーポジティブ分類別の特許出願数の推移です。
図1:ネイチャーポジティブ領域分類別の2012年以降の特許出願数推移
特許のデータは出願から公開までにタイムラグがあるため、直近2022年の集計値は参考値になります。狭義およびモニタリング領域の出願数と比較すると、広義のネイチャーポジティブ領域の出願件数が圧倒的に多く、普及がかなり進んでいるといえます。排水処理や廃棄物の活用、低環境負荷材料などが広義領域の技術として見られます。
図2は2015年の出願件数を基準とした場合の分類ごとの増加率の推移です。
図2:ネイチャーポジティブ領域分類別の2012年以降の特許出願の伸び率の推移 (2012年を1とする)
広義のネイチャーポジティブ領域は2022年の出願件数は2015年の約1.5倍であったのに対し、狭義は約1.8倍、モニタリングは約3.6倍と大幅に増加しており、広義以外の技術にも注目が集まっていることがうかがえます。
狭義の領域に関しては、重金属や炭化水素に関連した技術、バイオレメディエーション技術が多く見られます。モニタリング領域では、汚染物質の排出や汚染状況把握のためのセンシング、予測に関する技術が見られます。モニタリング対象は油や微小粒子などさまざまです。
以下に、狭義および、モニタリング領域の近年の事例を紹介いたします。
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特許事例(狭義領域)- - 出願人:上海理工大学
- - タイトル:Immobilized microbial agent as well as preparation method and application thereof
- - 公開番号:CN116926056A
- - 出願年:2023年
- - 特許概要:石油汚染土壌の修復を目的とした、石油炭化水素分解細菌と無機鉱物材料からなる石油汚染物質処理技術に関する特許。
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特許事例(モニタリング領域)- - 出願人:ECOSIAN CO., LTD.
- - タイトル:PORT AIR QUALITY AND AIR POLLUTION MANAGEMENT SYSTEM AND METHOD FOR OPERATING SAME
- - 公開番号:WO2023120803A1
- - 出願年:2022年
- - 特許概要:ドローンを含むIoT技術により収集された測定データを活用した港の空気質および、大気汚染管理システムに関する特許。
「汚染/汚染除去」に関連するスタートアップ企業の分析
スタートアップ企業はあたらしい技術で社会に影響をあたえる企業であり、特許と同様、近未来における社会実装の指標といえます。狭義、広義、およびモニタリングの3領域ごとの2012年以降設立のスタートアップの年次推移を図3に示します。
図3:2012年以降の狭義、広義、モニタリング領域におけるスタートアップ企業の設立件数推移
広義領域に関するスタートアップ企業の設立数が他2領域に対し圧倒的に多くなっています。
図4は広義を除いた2領域の設立件数推移です。
図4:2012年以降の狭義、モニタリング領域におけるスタートアップ企業の設立件数推移
モニタリング領域の件数は年平均5件程度見られるものの、狭義領域は設立数が1件や0件の年もあり、件数自体も少ないため、社会実装にはまだまだ時間がかかると考えられます。
スタートアップ企業の中身を見ると、広義領域は再生エネルギー、モニタリング領域はリサイクルや廃棄物に関係したトレーサビリティが多く見られます。狭義については、数は少ないものの土壌回復や海洋環境回復に関連するスタートアップが見られました。
「汚染/汚染除去」に関連する論文の分析
論文は大学や学術機関による研究成果を示すものであり、特許やスタートアップ企業より社会実装までの時間が長く必要な技術といえます。図5に2012年以降の論文出版件数の推移を示します。
図5:ネイチャーポジティブ分類別の2012年以降の論文出版数推移
論文に関しても広義のネイチャーポジティブ領域に関する論文が、狭義およびモニタリングの分野よりも多く見られます。
図6は2015年を基準とした場合の論文出版数の相対値です。
図6:ネイチャーポジティブ分類別の2012年以降論文出版数の伸び率の推移 (2015年を1とする)
こちらを見た場合、3領域とも2015年と比較して2倍以上に増加しており、いずれの領域でも研究は加速していると考えられます。
広義領域では生分解性材料などの環境配慮材料関係が多く見られます。一方、狭義領域ではバイオ炭などの吸着材や生物を活用した土壌改善、PFASに関するものが多く、モニタリング領域では、大気汚染モニタリングやマイクロプラスチックに関するものが増加しています。
以下に、狭義および、モニタリング領域における近年の事例を紹介します。
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論文事例(狭義領域)- - タイトル:Greenhouse-Scale Comparison of 10 Native Pacific Northwest Plants for the Removal of Per- and Polyfluoroalkyl Substances from Stormwater
- - 雑誌名:ACS ES&T Water
- - doi:10.1021/acsestengg.3c00123
- - 出版年:2023年
- - 機関名:Oregon State University
- - 概要:有機フッ素化合物物質(PFAS)によって汚染された雨水からPFASを除去するために、北西太平洋地域の10種類の植物ごとのPFASの蓄積性能を評価および、植物へのPFAS蓄積のモデル化を実施。植物を利用したPFAS浄化プロセスの理解を深め、より効果的な技術開発につながる。
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論文事例(モニタリング領域)- - タイトル:Enhancing Air Quality Forecasts Across the Contiguous United States (CONUS) During Wildfires Using Analog-Based Post-Processing Methods
- - 雑誌名:ACS ES&T Water
- - doi:10.1016/j.atmosenv.2023.120165
- - 出版年:2024年
- - 機関名:Atmospheric Environment
- - 概要:Community Multiscale Air Qualityモデル(シミュレーションモデル)に、現在と過去のデータの類似性に基づいた統計力学的手法(Analog Ensemble)と、火災煙を正確に監視するためトレーサーの組み合わせによる米国全土を対象とした山火事予測およびPM2.5濃度予測精度を向上させる研究。
「汚染/汚染除去」に関連するグラントの分析
最後にグラント(競争的研究資金)の採択動向の分析を実施しました。グラントは大学や学術機関が実施する研究に対して配賦された資金であり、社会実装まで時間が論文よりもさらに長く必要な、将来有望になりうる技術といえます。図7に2012年以降のグラント採択件数の推移を示します。ただし、中国についてはグラントデータの開示状況が年により大きく異なるため、集計から除外しています。
図7:ネイチャーポジティブ分類別の2012年以降のグラント採択数推移
グラントについても広義領域に関する内容が最も多く、狭義およびモニタリング領域に関するものは相対的に少なくなっています。また、広義領域のポジティブは微増している一方、狭義とモニタリング領域の採択数は横ばいです。ただし、公開直後のグラント情報はデータベースに格納されない場合があり、直近の集計値は過小評価されている場合があります。
それぞれの領域で多額の配賦額を獲得しているグラントを見ると、狭義領域ではバイオレメディエーションによる土壌や水の浄化が多く、一部PFAS除去も関係するグラントも見られます。広義領域では再生エネルギー関連、モニタリング領域では大気、海洋および水質モニタリング用センサやシミュレーションの開発、リサイクルのためのトレーサビリティといったものが多く見られます。特に、狭義領域のPFAS除去は論文でも近年見られることから、まだ時間はかかるものの注目すべき技術と考えられます。以下に狭義、広義、モニタリングにおいて特に配賦額が高いグラントを紹介します。
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グラント事例(広義領域)- - タイトル:Sustainable Water-Injecting Turbofan Comprising Hybrid-electrics
- - 機関・企業:MTU AERO ENGINES AG(ドイツ)
- - プロジェクト期間:2023年~2025年
- - 資金調達額:約5,200万米ドル
- - 概要:水注入と電気推進のハイブリッドによる短中距離航空輸送のためのガスタービンの開発に関する研究。燃焼器への水噴射を活用することでNOxの発生を削減することが可能。
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グラント事例(狭義領域)- - タイトル:Engineering Research Center for Bio-mediated and Bio-inspired Geotechnics (CBBG)
- - 機関・企業:Arizona State University(アメリカ)
- - プロジェクト期間:2015年~2025年
- - 資金調達額:約3,400万米ドル
- - 概要:天然のバクテリア等による生物学的プロセスを活用して土壌を強化し、地震による液状化への対策と汚染地の浄化を目指すプロジェクト。
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グラント事例(モニタリング領域)- - タイトル:Mid-scale RI-1 (M1:IP): The Next Generation Wyoming King Air Atmospheric Research Aircraft
- - 機関・企業:University of Wyoming (アメリカ)
- - プロジェクト期間:2019年~2024年
- - 資金調達額:約1,500万米ドル
- - 概要:温度、湿度、エアロゾル、および3次元風プロファイル用の空中Lidar機能や微量ガスおよびエアロゾルの測定機器等を搭載した、大気研究・教育用の空中リモートセンシング測定機能を備えた研究用航空機の開発に関するプロジェクト。
「汚染/汚染除去」に関連する技術動向のまとめ
汚染/汚染除去に関する技術は、いずれのソースにおいても広義のポジティブが、狭義やモニタリングの領域に対して件数が多く、広義領域のポジティブについてはすでにある程度の社会実装が進んでいると見ることができます。
狭義やモニタリングの領域についても、特許および論文の件数が増加していることから技術開発は今後も進んでいくと考えられます。一方で、スタートアップ企業においては、狭義領域に関する企業数はまだ少なく、社会実装にはまだ時間がかかると考えられます。その中でも、近年の論文や高配賦額グラントに見られる狭義領域のバイオレメディエーションやPFAS除去は注目技術の一つと考えられます。特にPFASは、近年世界各国で問題視されつつあります。日本でも一部の物質の製造が禁止されおり、海外でも規制が進んでいます。
アメリカのコロラド州においては2028年までにアパレル、クリーニング、医療など幅広い分野でのPFASを使用した製品の販売を段階的に禁止する法律が成立しました(注2)。
今後、規制強化や技術革新を背景に、汚染/汚染除去分野の重要性はますます増していくと考えられます。
著者:アスタミューゼ株式会社 田澤 俊介 博士(工学)
さらなる分析は……
アスタミューゼでは「ネイチャーポジティブ」に関する技術に限らず、様々な先端技術/先進領域における分析を日々おこない、さまざまな企業や投資家にご提供しております。
本レポートでは分析結果の一部を公表しました。分析にもちいるデータソースとしては、最新の政府動向から先端的な研究動向を掴むための各国の研究開発グラントデータをはじめ、最新のビジネスモデルを把握するためのスタートアップ/ベンチャーデータ、そういった最新トレンドを裏付けるための特許/論文データなどがあります。
それら分析結果にもとづき、さまざまな時間軸とプレイヤーの視点から俯瞰的・複合的に組合せて深掘った分析をすることで、R&D戦略、M&A戦略、事業戦略を構築するために必要な、精度の高い中長期の将来予測や、それが自社にもたらす機会と脅威をバックキャストで把握する事が可能です。
また、各領域/テーマ単位で、技術単位や課題/価値単位の分析だけではなく、企業レベルでのプレイヤー分析、さらに具体的かつ現場で活用しやすいアウトプットとしてイノベータとしてのキーパーソン/Key Opinion Leader(KOL)をグローバルで分析・探索することも可能です。ご興味、関心を持っていただいたかたは、お問い合わせ下さい。
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