バーチャルシミュレーション主導による天然成分の人工合成に世界で初めて成功

2022/01/12  国立大学法人 千葉大学 

 千葉大学大学院薬学研究院 中島誠也 助教及び根本哲宏 教授は、レスベラトロールダイマーというカテゴリーに分類される様々な天然成分が植物内で生成される過程のバーチャルシミュレーションを行い、その結果をもとに実験を行った結果、様々なレスベラトロールダイマーを人工的に化学合成することに、世界で初めて成功しました。バーチャルシミュレーションでは、これまで正しいと考えられていた分子構造が誤っていることが示唆されましたが、その後の人工合成によって真の構造を証明することに成功しました。  本研究成果により、バーチャルシミュレーションが天然成分の生合成経路の解明や構造の証明に重大な役割を果たすことが示されました。今後、バーチャルシミュレーションの活用により、通常の実験のみで行うよりも短期間で、効率的に様々な天然成分の人工合成が行われ、創薬研究等への応用研究へと展開されることが期待されます。  この研究成果は、2022年1月10日にネイチャー・リサーチ社のオープンアクセス学術誌である「Nature Communications」に掲載されました。



研究の背景

 レスベラトロールは、いわゆる赤ワインのポリフェノール成分であり、古くから脂肪分が多い肉料理等を多く食べていたフランス人が、心臓病の発症率が低かったという矛盾のことを指す「フレンチパラドックス」の原因物質として注目されています。自然界ではレスベラトロール部分を含有する様々な成分(レスベラトロールオリゴマー)が植物により生産されており、特にレスベラトロール2つからなる天然成分(天然物)はレスベラトロールダイマーと呼ばれています(図1)。
 これまで、様々な化学者によって、レスベラトロールダイマーが自然界から抽出され、その化学構造が決定されてきました。しかしながら、自然界でどのような化学変換によってそれらの成分が生成しているか、その生合成経路はブラックボックスでした。植物の中で起こる化学反応を観察したり、証明したりすることは容易ではありません。そこで近年ではコンピュータ計算、特にDFT計算(注1)と呼ばれる方法で、植物内での生合成経路がシミュレーションされています。
 同研究グループはこれまでブラックボックスであった、様々なレスベラトロールダイマーの生合成経路を網羅的に明らかにすべく、DFT計算によってバーチャルシミュレーションを行うこととしました。
図1 レスベラトロールダイマー



研究成果1- レスベラトロールダイマーの生合成経路バーチャルシミュレーション

 レスベラトロールを出発物質とし、生合成の化学変換工程をバーチャル上でシミュレーションすることで、様々なレスベラトロールダイマーの生合成経路の各変換工程に必要なエネルギーや変換の際の分子の3次元的な構造等が事細かに明らかとなりました。しかし、バーチャル上でシミュレーションする中で同研究グループは、ある矛盾点に気が付きました。それは「バティカハイノールA」、「バティカハイノールB」と呼ばれるレスベラトロールダイマーが生成するのに必要なエネルギーよりも、それらの一箇所の3次元的な構造が反対になっている分子のほうが、低いエネルギーで生成されるということです。すなわち、シミュレーションでは、これまで正しいと考えられていた構造は誤りであると算出されました(図2)。

図2 バティカハイノールA, Bの生合成シミュレーションでの矛盾点

 そこで同研究グループでは、過去に当該天然物の成分を抽出し構造を報告した研究グループの提唱構造が正しいか、あるいはバーチャルシミュレーションの示唆する構造が正しいか、その真の構造を証明すべく実際に人工的に化学合成することとしました。

研究成果2- レスベラトロールダイマーのリアル全合成

 同研究グループは、自身らの算出した生合成経路に則り、レスベラトロールを出発物として実際に人工合成に取り組みました。その結果、「バティカハイノールA」、「バティカハイノールB」の真の構造は、バーチャルシミュレーションによって提唱された構造と証明され、これまで考えられていた構造は誤っていたことが明らかとなりました(図3)。

図3 バティカハイノールA, Bのリアル人工合成

 さらに同研究グループは実験結果の予測にもバーチャルシミュレーションを駆使し、効率的に様々なレスベラトロールダイマーを人工的に合成し、「マリバトールA」、「バティカハイノールA」、「バティカハイノールB」、「バティカハイノールC」、「アルビラミノールB」の世界で初めての両方のエナンチオマーの不斉全合成(注2)を達成しました(図4)。
図4 レスベラトロールダイマーの人工合成


研究者のコメント(千葉大学大学院薬学研究院 中島誠也 助教)

 今回の研究によって、バーチャルシミュレーションが天然成分の生合成経路の解明や構造の証明に重大な役割を果たすことが示されました。提唱構造が誤っているというバーチャルシミュレーションの結果が最初に出たときは、自分の計算方法や前提条件が間違っていると考え、様々なアプローチで計算を何度も行いました。しかしながら、全ての計算結果はこれまで考えられていた構造が誤っているということを示唆していました。バーチャル上でいくらシミュレーションを重ねてもリアルの世界で構造を証明できなければ構造訂正の説得力は低いため、計算結果を信じて実際に人工的に合成することでどちらが正しいのか証明することに挑戦しました。実際の実験室で人工合成を行った結果、バーチャルシミュレーション通りの構造となり、真の構造を証明することが出来ました。
 本研究でシミュレーションに掛かった計算時間は1つのPCの脳(1 core)で行われる時間に換算すると約16年です。もちろん実際にはたくさんの計算機で並列で計算を走らせていますが、膨大な計算を行うことで本研究を遂行することができました。今後、このようなコンピュータ上でのシミュレーションが主導する、バーチャルとリアルを繋いだ研究がより発展することを期待しています。

研究プロジェクトについて

 本研究は、千葉大学グローバルプロミネント研究基幹の支援により遂行されました。


論文情報

・論文タイトル:Computation-Guided Asymmetric Total Syntheses of Resveratrol Dimers
・著者:Masaya Nakajima,* Yusuke Adachi, Tetsuhiro Nemoto*
・雑誌名:Nature Communications
・DOI: https://doi.org/10.1038/s41467-021-27546-4

用語解説

(注1)DFT計算:密度汎関数理論(Density Functional Theory)。電子密度やエネルギーなどの分
子や原子の物性を計算することが可能。
(注2)両方のエナンチオマーの不斉全合成:ある天然成分の自然界に存在する3次元化学構造と、それを鏡写しにした非天然型の3次元化学構造の両方を別々に人工的に化学合成すること。両者のこのような鏡写しの関係をエナンチオマーという。

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