繁殖効率を高めたラットの作り方

2024/04/26  国立研究開発法人 理化学研究所 

2024年4月26日

理化学研究所
京都大学

繁殖効率を高めたラットの作り方

-50年以上実現できなかった過排卵妊娠に成功-

理化学研究所(理研)バイオリソース研究センター 遺伝工学基盤技術室の持田 慶司 特別嘱託技師、小倉 淳郎 室長、京都大学大学院 医学研究科 附属動物実験施設の守田 昂太郎 特定助教、浅野 雅秀 施設長・教授らの共同研究グループは、抗インヒビンモノクローナル抗体を投与して、ラットの産子数を1.4倍以上に増加させることに成功しました。

本研究成果は、バイオリソースとして貴重なラット各系統の繁殖効率の改善や新規疾患モデルラットの作製などに貢献すると期待できます。

今回、共同研究グループは、抗インヒビンモノクローナル抗体を4系統のラットに投与したところ、繁殖効率(妊娠率×産子数)が1.4~2.7倍に増加することを発見しました。これまでにマウスへ本抗体を投与すると複数の系統で産子数が1.4倍に増加することを報告しており、マウスに続いてラットでも同様な効果が認められました。これまで50年以上も前から、排卵数を増やして子供の数を増やす研究が進められたものの、実現できませんでした。この抗体の投与により妊娠率が向上し、健康的な多くの産子が得られて、その次の世代まで正常に繁殖が進むことを確認しています。この方法を利用すれば、繁殖が困難な場合や、ラットが高齢の場合でも効率的な産子作出が可能と考えられ、さらに今後はマウスやラット以外の動物種、希少動物などへの応用が期待されます。

本研究は、科学雑誌『Scientific Reports』オンライン版(4月26日付:日本時間4月26日)に掲載されました。

ラットへの抗体投与のタイミングとその効果

背景

齧歯(げっし)動物では脳下垂体から卵胞形成ホルモン(FSH)が放出されて卵胞が発達します。FSHの放出量を制限することでその動物種や系統に固有の排卵数が維持され、生まれてくる子供の数が調整されています。

発達した卵胞からインヒビンというホルモンが放出されますが、近年、インヒビンの働きを抗血清(抗体を含む血清)で阻止することで、齧歯動物自身のFSHを過剰に放出させて排卵数を増加させる過排卵法が利用され始めました。一方で、従来の標準的な過排卵法[1]はウマ由来のホルモンを投与することで直接的に排卵数を増やす方法であり、1950年代から広く行われていました。この方法で過排卵処理をした雌から多くの子供を得ることは難しく、50年にわたって成功していませんでした。

私たちはインヒビンのモノクローナル抗体(AIMA)を作製しました。このAIMAは、過排卵効果としてはインヒビンのポリクローナル抗体である抗血清に及びませんが、齧歯動物自身のFSHで卵子を発育させるために母体に優しく、効果はマイルドな過排卵法です。これは同一品質の抗体が大量に作製できて、抗血清と異なり、動物からの微生物感染の心配のないクリーンな試薬という利点があります。マウスを用いた先行研究ではこのAIMAを投与することで子供の数が1.4倍に増加し、初めて安定して齧歯動物の産子数を増やすための試薬を開発することができました注1)。本研究ではラットでも多くの系統で同様な効果が得られるかを検証するため、京都大学、東海大学との共同研究を行いました。

  • 注1)Hasegawaら、Use of anti-inhibin monoclonal antibody for increasing the litter size of mouse strains and its application to in vivo-genome editing technology Biology of Reproduction, 2022: 107(2): 605-618.

研究手法と成果

まずラットの代表的なWistar系統[2]を用いて、AIMAの0.1mLおよび0.2mLを成熟雌に投与して雄と交配させたところ(図1)、生理食塩水を投与したコントロールで11.8匹の産子数に対して14.3匹および17.1匹であり、AIMAを0.2mL投与すると、コントロールよりも有意に多い1.4倍の産子が得られました。一方で、従来の過排卵法としてeCGとhCG[3](150/75IU/Kg)を48時間間隔で投与した場合は、排卵数は多くなりますが、妊娠率は81%から40%に半減し、産子数も8.0匹とコントロールを下回りました(表1)。

図1 抗体投与と交配のスケジュール

表1 Wistar系統の実験結果

  • (図1)AIMAを投与して翌日から雄と最長で3日間同居することで雄と交配させた。
  • (表1)Wistar系統へのAIMA投与でコントロールより産子数が増加した。

また、生まれた子の体重は、AIMA投与群では生後1.5週間以降でコントロールと変わらないことから健康的に発育していることが分かりました(図2)。さらにこの子供の次の世代まで順調に繁殖することも確認しました。

図2 各処置で生まれた子供の体重変化

AIMA投与で生まれた子供の体重は生後1.5週間以降でコントロールと同等であることが確認できた。

次にBN系統[2]では性周期の発情後期または休止期にAIMAを投与することで、妊娠率がコントロールの36%から86%へ大きく改善され、産子数も1.2倍となりました。最終的には、繁殖効率(妊娠率×産子数)は2.7倍に増加しました。また、東海大学で確立されたTHA系統[2]へ無作為にAIMAを投与したところ、産子数がコントロールの8.8匹に対して1.5倍(繁殖効率は1.4倍)の13.2匹へ増加しました。さらに代表的なF344系統[2]でも発情後期または休止期にAIMAを投与したところ、産子数がコントロールの8.9匹に対して1.5倍(繁殖効率は1.4倍)の13.4匹へ増加しました(図3)。

図3 ラット各系統の繁殖効率の比較

コントロールおよびAIMAを投与した4系統のラットにおける繁殖効率(妊娠率×産子数)を示す。

今回の実験では、AIMAを投与した4系統のラット全てで繁殖効率が1.4倍から2.7倍に増加しました。これはAIMA投与で排卵数が増えた影響と妊娠率が改善された影響の相乗効果により、効率よく産子へ発生できたと考えられます。従来の過排卵法は種が異なるウマ由来のホルモンを投与しますが、このAIMAを用いる方法はラット自身のFSHで卵胞が発育し、排卵数が1.3倍程度に適度に増加することで順調な胎仔(児)発育が実現できたと考えられます。

今後の期待

インヒビンのモノクローナル抗体は、着床の過程や胎仔の発育に悪影響を及ぼさない初めての過排卵試薬と考えられます。マウスに続いてラットでも多くの系統で産子数が1.4~1.5倍に増えたことから、繁殖成績の不良な系統や高齢のラットからの繁殖効率も大幅に改善できると期待されます。マウスの実験では高齢マウスの繁殖効率が5.3倍に改善され、i-GONAD法によるゲノム編集[4]が約3倍効率的になりました。ラットでもヒト疾患モデル動物の作出や繁殖維持に大きく貢献すると期待されます。

また、インヒビンの遺伝子配列はほぼ種差がないため、本抗体は哺乳類や鳥類などに幅広い効果も期待できます。マウスやラットなどの齧歯動物以外でも、家畜や霊長類、絶滅が危惧される動物でも繁殖効率改善に利用できる可能性があります。

補足説明

  • 1.標準的な過排卵法
    マウスやラットでは1匹の母親から産まれてくる子供の数は数匹から十数匹であるが、ホルモンを投与することで20個から30個以上もの排卵を促すことができる。
  • 2.Wistar系統、BN系統、THA系統、F344系統
    Wistar、BN、F344系統は、ラットの主要な系統であり、それぞれの特徴に即したさまざまな実験に広く用いられている。THA系統は、Wistarラットを起源にレバー押し回避の学習試験を行い、高学習能を示す雄と雌を選抜して30年以上、100世代にわたって東海大学で交配・育成された系統。高次脳機能の解析や、化学物質暴露や子宮環境変化の指標として多くの研究に用いられている。
  • 3.eCGとhCG
    標準的な過排卵法として、eCG(ウマ由来の性腺刺激ホルモン:卵胞の発達を促す作用)とhCG(ヒト由来の性腺刺激ホルモン:排卵を促す作用)の組み合わせが多用されている。
  • 4.i-GONAD法によるゲノム編集
    受精卵を体外に取り出すことなく遺伝子の編集を行うi-GONAD法(体内電気穿孔(せんこう)法)は、特別な技術がなくてもゲノム編集を行えるシンプルな手法として、東海大学の大塚教授らが開発した。i-GONADはimproved - genome editing via oviductal nucleic acids delivery methodの略。

共同研究グループ

理化学研究所 バイオリソース研究センター
遺伝工学基盤技術室
特別嘱託技師 持田 慶司(モチダ・ケイジ)
テクニカルスタッフⅡ 長谷川 歩未(ハセガワ・アユミ)
室長 小倉 淳郎(オグラ・アツオ)
(バイオリソース研究センター 副センター長、開拓研究本部 小倉発生遺伝工学研究室 主任研究員、筑波大学大学院 生命環境科学研究科 教授)

京都大学大学院 医学研究科 附属動物実験施設
特定助教 守田 昂太郎(モリタ・コウタロウ)
技術補佐員 森田 健斗(モリタ・ケント)
技術補佐員 笹岡 佳生(ササオカ・ヨシオ)
施設長・教授 浅野 雅秀(アサノ・マサヒデ)

東海大学 医学部 基盤診療学系 衛生学公衆衛生学領域
准教授 遠藤 整(エンドウ・ヒトシ)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業新学術領域研究(研究領域提案型)「マウス核移植技術の開発による正常クローン胚・胎盤の構築(研究代表者:小倉淳郎)」、同基盤研究(C)「亜種・異種および加齢マウスの卵巣置換移植による繁殖成績の改善と系統保存(研究代表者:持田慶司)」、同基盤研究(B)「THAラットから展開する低濃度化学物質曝露の革新的次世代影響評価ツールの確立(研究代表者:遠藤整)」、日本医療研究開発機構(AMED)基盤技術整備プログラム「ラット生殖工学基盤技術開発によるリソース保存の効率化と新規利用者の拡大(課題管理者:浅野雅秀)」、理研ギャップファンド、理研バイオリソース研究センター長裁量経費、東海大学総合研究機構プロジェクトによる助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Keiji Mochida, Kohtaro Morita, Yoshio Sasaoka, Kento Morita, Hitoshi Endo, Ayumi Hasegawa, Masahide Asano, and Atsuo Ogura, "Superovulation with an anti-inhibin monoclonal antibody improves the reproductive performance of rat strains by increasing the pregnancy rate and the litter size", Scientific Reports, 10.1038/s41598-024-58611-9

発表者

理化学研究所
バイオリソース研究センター 遺伝工学基盤技術室
特別嘱託技師 持田 慶司(モチダ・ケイジ)
室長 小倉 淳郎(オグラ・アツオ)

京都大学大学院 医学研究科 附属動物実験施設
特定助教 守田 昂太郎(モリタ・コウタロウ)
施設長・教授 浅野 雅秀(アサノ・マサヒデ)

持田 慶司

守田 昂太郎

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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