温暖化対策プロバイオティクスとしての有胞子性乳酸菌-腸内細菌叢の制御が寒冷感受性に関わる因果構造の一端を解明-

2024/01/26  三菱ケミカルグループ 株式会社 

2024 年 1 月 26 日
理化学研究所
北里大学
三菱ケミカル株式会社

温暖化対策プロバイオティクスとしての有胞子性乳酸菌
-腸内細菌叢の制御が寒冷感受性に関わる因果構造の一端を解明-


概要

理化学研究所(理研)生命医科学研究センター粘膜システム研究チームの宮本浩邦客員主管研究員、大野博司チームリーダー、環境資源科学研究センター環境代謝分析研究チームの菊地淳チームリーダー、生命医科学研究センターマイクロバイオーム研究チームの須田亙副チームリーダー、北里大学医療衛生学部血液学研究室の佐藤隆司講師、三菱ケミカル株式会社スペシャリティマテリアルズビジネスグループ R&D 本部ライフソリューションズテクノロジーセンター高橋洋介センター長、フード&ヘルスケアグループ食品ニュートリションセクション山田良一リーダーらの共同研究グループは、熱安定性の胞子を持つ有胞子性乳酸菌[1]の経口摂取が、暑熱条件下での動物モデルの生育阻害を抑制すること、さらにその作用機序の一端を明らかにしました。

地球温暖化は生命への深刻な弊害をもたらすため、人命を守り畜産を管理するために暑熱ストレスを回避する方法論が必要とされます。本研究では、人工的に暑熱条件を管理できる鶏飼育施設において、有胞子性乳酸菌プロバイオティクス[1]であるワイズマニア・コアグランス(Weizmannia coagulans SANK70258)[2](以下 W・コアグランス)の機能性を評価しました。その結果、暑熱ストレス下における成長阻害が本プロバイオティクスの投与で引き起こされにくいことが明らかとなりました。さらに、消化器系のマルチオミクス[3]データを機械学習[4]などによって分類し、暑熱ストレス下で成長に関与する構造方程式[5]および因果構造モデルを推測することに成功しました。本研究は、地球温暖化の中での生体の恒常性の維持管理対策の一環として、腸内細菌叢(そう)の制御が重要な位置付けを持ち、有胞子性のプロバイオティクスが有効であることを期待させる成果です。

本研究は、科学雑誌『Journal of Functional Foods』オンライン版(1 月 13 日付)に掲載されました。

背景

地球温暖化は、生態系全体を脅かし、人間の健康と経済活動に深刻な損害を与えています。畜産業では暑熱環境が問題となっており、熱波による畜産動物の死亡率の増加で大きな経済的損失が発生しています(図 1a)。

暑熱環境におけるストレスは、免疫機能を低下させることによって感染症の流行にもつながる可能性があり、抗生物質の使用を助長する要因にもなり得ます。家畜への抗生物質の過剰使用による抗生物質耐性菌の増加は世界的に問題となってきています。世界保健機関(WHO)は、家畜の成長促進のための抗生物質の使用廃止を含む、薬剤耐性(AMR)に対する行動計画を提示しました。また最近の研究では、抗生物質の使用が消化器系からの温室効果ガスであるメタンの発生による弊害に関与する可能性があることが推定されています注 1)。

地球温暖化対策と抗生物質使用量の削減は、一見異なる研究分野に見えますが、どちらも人間と動物の健康的なつながりにとって重要です。そのため、暑熱ストレスが動物に及ぼす影響とその対策に関する研究は不可欠であり、行動学的および生理学的影響を評価する多くの研究が、家畜を使用して活発に進められています。ただ、そうした研究は現象論的な評価が中心であり、暑熱ストレスの対策としての具体的な飼育方法などの適切な処方箋については模索が続いています。

注 1)2023 年 4 月 28 日プレスリリース「抗菌薬に依存しない仔牛の飼養管理」

https://www.riken.jp/press/2023/20230428_1/index.html

研究手法と成果

近年、胞子形成プロバイオティクスの医療への応用が期待されています。中でも、W・コアグランス(旧名:バシラス・コアグランス Bacillus coagulans)は、伝統的に食品や飼料に用いられてきた有胞子性の乳酸菌として知られています。そこで本研究では、W・コアグランスが生体に与える効能とその因果構造を、消化器系(腸・肝臓)のオミクス解析データを活用して解明することを目的としました(図 1b)。人工的に制御された暑熱環境施設内(図 1c)で飼育されたロイラーモデルを用いて、当該有胞子性乳酸菌の投与が暑熱ストレス環境下に対する環境適応性に及ぼす影響を推定しました。その結果、暑熱環境条件下においても成長阻害が認められない飼育成績であることが判明しました(図 1d)。

(a)暑熱ストレスが家畜やヒトの健康と生活の質に与える影響。(b)W・コアグランスが、腸内細菌叢と肝臓に与える因果構造の理解。(c)人工暑熱管理施設の温度条件。(d)当該モデル施設における飼育影響評価。有胞子性乳酸菌を投与された肉鶏(ブロイラー)には暑熱ストレス環境下においても成長阻害が認められなかった。

そこで、腸と肝臓のマルチオミクス解析(腸内細菌叢・腸内代謝物・肝臓代謝物の網羅的解析)を実施しました。相関解析[6]、エンリッチメント解析[6]に基づいて、暑熱ストレス環境下における 2 種類の機械学習アルゴリズム(ランダムフォレスト・勾配ブースティング法)を適用し、オミクスデータから暑熱耐性に関わる特徴的な重要因子候補群を抽出しました(図 2a)。次に、これらの重要因子候補群のグループとして、統計学的に最適値を示すネットワーク構造が、共分散構造解析[5]と線形非ガウス非巡回モデル[7]によって予測されました(図 2b)。

(a)通常温度ならびに暑熱ストレス環境下で管理した肉鶏の飼育成績を取得した上で、マルチオミクス解析として、腸内の細菌叢の解析、腸内容物と肝臓のメタボローム解析を実施し、網羅的なデータを取得した。さらに、相関解析ならびにエンリッチメント解析によって、代謝系全体の相対的な評価を実施している。(b)その上で、データ分類を目的として、複数の機械学習(ランダムフォレスト・勾配ブースティング法)によって特徴的な因子群を選抜し、次に、それらの特徴的な因子群の関係性を二つの方法(共分散構造分析・線形非ガウス非巡回モデル解析)によって空間的因果構造を計算している。因果構造モデルに基づく情報から、過去の文献との照合を進め、実験的検証を付与した上で、作用機序の一端に関わる因果構造を推測している。

その結果、当該有胞子性乳酸菌の投与効果で知られている糖質代謝の改善などの傾向とともに、新たに腸内ビタミン B6(ピリドキサール)-肝臓シュウ酸の代謝ネットワークのバランスが、寒冷感受性の耐性に関与する因子群として予測されました(図 3a)。さらに、これらのネットワークのバランスには、腸内細菌叢として特にシュードモナス(Pseudomonas)の存在比率が関与しており、その存在比率が高まると暑熱ストレスの悪影響を助長することが予測されました(図 3b)。

公式ページ(続き・詳細)はこちら
https://www.mcgc.com/news_release/pdf/01826/02126.pdf

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