油脂合成に必要な葉緑体の酵素を発見

2024/08/22  国立研究開発法人 理化学研究所 

2024年8月22日

理化学研究所

油脂合成に必要な葉緑体の酵素を発見

-代謝改変技術による「バイオものづくり」の応用に期待-

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター 植物脂質研究チームの中村 友輝 チームリーダー、ヴァン・カム・グエン 訪問研究員の研究チームは、植物の種子において油脂[1]の合成に必要な酵素を明らかにしました。この酵素は細胞中の葉緑体に存在し、油脂が合成される小胞体に必要な物質を供給している可能性が示されました。

本研究成果により、光合成を行う葉緑体から、油脂を蓄積する小胞体への代謝の流れがより深く理解されるとともに、代謝改変技術[2]への応用を経て、環境中の二酸化炭素を植物体内で有用な油に変換して活用する「バイオものづくり[3]」に貢献することが期待できます。

油脂合成の原料である脂肪酸は、光合成を行う葉緑体において合成されますが、油脂の合成は小胞体で起こります。しかしながら、葉緑体の脂肪酸がどのように小胞体の油脂合成に供給されるかについては不明な点が多く残されています。

今回、研究チームはモデル植物のシロイヌナズナ[4]を用いて、葉において葉緑体膜の合成と光合成機能に必要と考えられていた酵素LPAT1[5]が、種子では小胞体の油脂合成に必要であることを発見しました。

この研究成果により、発達中の種子において葉緑体から小胞体への油脂合成に関わる新しい代謝経路の存在が示唆され、今後こうした代謝経路を人為的に改変することで、バイオ燃料などをより効率的に生産する技術の開発に貢献することが期待されます。

本研究は、科学雑誌『Journal of Experimental Botany』オンライン版(8月22日付:日本時間8月22日)に掲載されました。

背景

油脂トリアシルグリセロール(TAG)は、種子の主な貯蔵物質として植物体のエネルギー源になるばかりでなく、バイオ燃料や食品の生産など幅広い産業で利用される化合物です。油脂は光合成により生産される糖から合成されるため、油脂が合成される代謝過程を明らかにすることは、環境中の二酸化炭素を脂質などの有用な物質に変換する代謝改変技術の開発と、低炭素社会の実現に向けた「バイオものづくり」への貢献を目指す上でも重要です。

油脂の原料となる脂肪酸は、光合成が行われる葉緑体で合成されますが、油脂の合成は小胞体で起こることが知られています。しかし、葉緑体から小胞体への代謝の流れと、それに関与する酵素の実体と機能については不明点が多く残されていました。

研究チームは2023年、葉緑体と小胞体が近接する場所で働く一対の酵素LPPが種子において葉緑体から小胞体への油脂合成の制御に関わることを明らかにしました注)。LPPはホスファチジン酸(PA)という脂質前駆体を代謝する酵素ですが、葉緑体においてPAを供給する酵素の実態は不明でした。

研究手法と成果

研究チームは、葉緑体においてPAを合成する酵素LPAT1に着目しました(図1)。LPAT1は葉などの光合成組織において葉緑体の光合成膜を形成するための脂質を供給する酵素で、LPAT1を欠損した変異体は致死になることが知られていました。そこで、葉などでの光合成への影響を回避して種子での影響だけを評価するため、種子の発達時にのみLPAT1の機能が抑制される組換え植物体を構築し、その機能を解析しました。

その結果、発達中の種子においてLPAT1を抑制しても葉緑体の光合成膜を構成する脂質の組成には影響が見られませんでしたが、小胞体で合成される主なリン脂質でTAGの前駆体であるホスファチジルコリン(PC)の量が特異的に減少し、その結果TAGの品質にも影響が見られました。このことから、LPAT1は発達中の種子において葉緑体から小胞体への油脂合成に関与することが明らかとなりました。

図1 種子の胚で発現する酵素LPAT1と葉緑体の表層近くにあるLPAT1

  • (左)緑色蛍光を用いてLPAT1が種子の胚で発現している様子を捉えた顕微鏡写真。スケールバーは100マイクロメートル(μm、1μmは1ミリメートルの1,000分の1)。
  • (右)葉緑体(ピンクの蛍光で可視化)の表層近くに局在しているLPAT1(緑色)の顕微鏡写真。スケールバーは10μm。

今後の期待

本研究により、発達中の種子において、葉緑体から小胞体への油脂合成に関わる酵素の実体とその機能が明らかとなりました。葉緑体は、光合成の産物に由来する脂肪酸の合成を行う場であるため、今後LPAT1酵素の機能を改変することで脂肪酸を効率的に油脂へと変換する技術を開発し、「バイオものづくり」の研究開発に貢献することが期待できます。

本研究成果は、国際連合が定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)[6]」のうち、「2.飢餓をゼロに」「3.すべての人に健康と福祉を」「13.気候変動に具体的な対策を」「15.陸の豊かさも守ろう」に貢献するものです。

補足説明

  • 1.油脂
    主要成分はトリアシルグリセロール。グリセロール骨格に三つの長鎖脂肪酸がエステル結合した脂質化合物であり、種子の油の主成分である他、動物細胞の油滴などにも豊富に存在する。極性がないため生体膜の構成成分にはならないが、エネルギー貯蔵物質などの役割を持つことからバイオ燃料の原料としても注目されている。
  • 2.代謝改変技術
    代謝エンジニアリングとも呼ばれる。遺伝子組換え技術を用いて生物の代謝の流れを任意に改変し、有用な化合物を作り出す技術。生物の持つ能力を存分に活用した「ものづくり」の一つといえる。
  • 3.バイオものづくり
    生物の持つ機能を活用し、必要に応じてその機能をさらに改変することで、工業的に難しい物質生産を可能にする取り組み。従来の化学合成に比べて省エネで、環境に優しい。工学的技術によって生物の持つ潜在的な機能を引き出すことができ、さまざまな事業活動で注目されている。
  • 4.シロイヌナズナ
    アブラナ科の一年生植物。ゲノムサイズが小さいこと、世代が短いこと、栽培が容易であること、遺伝子導入が容易であることなどから、種子植物のモデル生物として研究に用いられる。
  • 5.酵素LPAT1
    脂質合成の初発段階で生成するリゾフォスファチジン酸に長鎖脂肪酸残基を転移する反応を触媒する。これにより、脂質の基本骨格が構築されるため、脂質合成経路において重要な酵素の一つと考えられている。LPAT1はlysophosphatidic acid acyltransferase 1の略。
  • 6.持続可能な開発目標(SDGs)
    2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省ホームページから一部改変して転載)。

研究チーム

理化学研究所 環境資源科学研究センター 植物脂質研究チーム
チームリーダー 中村 友輝(ナカムラ・ユウキ)
(東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻 教授)
訪問研究員 ヴァン・カム・グエン(Van C. Nguyen)

研究支援

本研究は、科学技術振興機構(JST)革新的GX技術創出事業(GteX)「先端的植物バイオものづくり基盤の構築(研究代表者:大熊盛也、JPMJGX23B0)」の助成を受けたものです。

原論文情報

  • Niña Alyssa M. Barroga, Van C. Nguyen and Yuki Nakamura, "The role of LYSOPHOSPHATIDIC ACID ACYLTRANSFERASE 1 (LPAT1) in reproductive growth of Arabidopsis thaliana", Journal of Experimental Botany

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 植物脂質研究チーム
チームリーダー 中村 友輝(ナカムラ・ユウキ)
訪問研究員 ヴァン・カム・グエン(Van C. Nguyen)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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