植物の根から小胞体ストレス感知に必要な因子を発見

2024/08/22  国立研究開発法人 理化学研究所 

2024年8月22日

理化学研究所

植物の根から小胞体ストレス感知に必要な因子を発見

-高温や塩害に強い農作物の作出に期待-

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター 植物脂質研究チームの中村 友輝 チームリーダー、ゴ・ハイアン 客員研究員らの国際共同研究チームは、植物細胞の根が「小胞体ストレス(ERストレス)[1]」に応答する際に必要な因子を明らかにしました。

本研究成果は、小胞体ストレスを引き起こす気温上昇や塩害に強い農作物を作出する技術の開発に重要な知見を提供することが期待されます。

自由に動けない植物は、過酷な生育環境を生き延びるためにさまざまなストレス応答機能を持ち合わせています。例えば、高温や高塩濃度にさらされた植物では、細胞内の小胞体[2]にストレスがかかり、合成されたタンパク質が正しく折り畳まれないなどの異常が起こります。しかしながら、どのような因子が小胞体ストレスの感知に関わるかについては不明な点が多く残されています。

今回、国際共同研究チームは、非特異性ホスホリパーゼC3(NPC3)という酵素を欠損した植物は小胞体ストレスへの感受性が著しく低下することを発見しました。

この成果は、植物が小胞体ストレスを感知する仕組みに関わる分子の実態を明らかにし、環境変動に頑健な作物を作出するために貢献できると期待されます。

本研究は、科学雑誌『Journal of Experimental Botany』オンライン版(8月22日付:日本時間8月22日)に掲載されました。

背景

植物細胞の中にある多様な細胞小器官[3]の中で、小胞体はタンパク質や脂質を合成する機能を持ちます。脂質は、植物の細胞膜を構成する材料や成長のエネルギー源であるだけでなく、さまざまな産業で利用される化合物です。特に、環境中の二酸化炭素を光合成の力により固定し、脂質などの有用な物質に変換する代謝改変技術は、低炭素社会の実現に貢献する「バイオものづくり[4]」の大事な取り組みとして注目されています。植物の脂質合成の場である小胞体が、異なる環境条件の中でもその働きを維持することは、植物が有用な脂質を持続的に生産するために大切です。

例えば、昨今の気候変動により世界的な問題となっている気温上昇や塩害は、小胞体の機能を損ね、異常な構造を持ったタンパク質を小胞体内に蓄積してしまう「小胞体ストレス」と呼ばれる状態を引き起こすことが知られています。植物がどのように小胞体ストレスを感知し、応答するかを明らかにすることは、環境変化の影響を受けずに、持続的なバイオものづくりを行うために重要な課題です。しかし、植物体内で特定の器官がどのように小胞体ストレスを感知しているかについてはこれまで分かっていませんでした。

研究手法と成果

中村チームリーダーらはこれまで、小胞体ストレスを引き起こす細菌由来の化合物として広く使われているツニカマイシン(TM)[5]で植物を処理する実験を行った結果、ホスホコリン(PCho)[6]という低分子化合物の合成が小胞体ストレス応答に関与することを突き止めていました注)

今回、モデル植物のシロイヌナズナ[7]を用い、PChoを合成するさまざまな代謝経路に関わる酵素の変異体を網羅的に調べたところ、非特異性ホスホリパーゼC3(NPC3)という酵素を欠損した植物は、小胞体ストレスへの感受性が著しく低下することを発見しました(図1)。NPC3は、細胞の膜を構成するリン脂質を分解してPChoを合成する酵素で、根に特異的に分布することが分かりました。また、興味深いことに、NPC3が欠損することで、NPC3の分布が見られない地上部のPCho量が減少することも判明しました。小胞体ストレスへの感受性の低下は、根にとどまらず植物体全体で見られることから、PChoが、根で感知された小胞体ストレスを地上部に伝達するために何らかの役割を果たしている可能性が示唆されました。

図1 シロイヌナズナの野生株とnpc3変異体の生育状況

野生株のシロイヌナズナ(写真左)は小胞体ストレス(ERストレス)条件下で生育が悪くなるが、非特異性ホスホリパーゼNPC3を欠損したシロイヌナズナ(npc3変異体)では小胞体ストレス感受性が低下しており、小胞体ストレス条件下でも野生株に比べて生育が良い。このことから、NPC3は小胞体ストレスの感知に関わると考えられる。

  • 注)Ying-Chen Lin, Kazue Kanehara, and Yuki Nakamura. (2019) Arabidopsis CHOLINE/ETHNAOLAMINE KINASE 1 (CEK1) is a primary choline kinase localized at the ER and involved in ER stress tolerance. New Phytologist, 223(4):1904-1917.

今後の期待

本研究により、植物が小胞体ストレスを感知する仕組みに関わる分子の実態が明らかとなりました。小胞体は、植物の光合成で二酸化炭素から作られる糖分を脂質に変換する合成の重要な場です。NPC3とPChoの働きをさらに研究することにより、植物の根が小胞体ストレスを感知して、その情報を植物体全体に伝える仕組みの理解が進むとともに、植物が気候変動の中でも安定して植物体内に脂質を蓄積する技術開発を通じて、低炭素社会の実現に向けたバイオものづくりに貢献できると期待できます。

本研究成果は、国際連合が定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)[8]」のうち、「2.飢餓をゼロに」「3.すべての人に健康と福祉を」「13.気候変動に具体的な対策を」「15.陸の豊かさも守ろう」に貢献するものです。

補足説明

  • 1.小胞体ストレス(ERストレス)
    環境変化により小胞体にストレスがかかり、タンパク質の折り畳みが正しく行われなくなるなど、正常な機能を果たさなくなっている状態を指す。ERはEndoplasmic Reticulumの略。
  • 2.小胞体
    細胞内で特定の役割を果たす構造体(細胞小器官)の一つで、脂質やタンパク質の合成などを担う。細菌やラン藻などのDNAを包む膜を細胞内に持たない生物(原核生物)を除き、植物に限らずさまざまな生物の細胞に広く存在する。
  • 3.細胞小器官
    細胞の中で一定の形態や機能を持つ構造体の総称。例えば、光合成を行う葉緑体、エネルギーを生産するミトコンドリアなどはいずれも細胞小器官の一つである。
  • 4.バイオものづくり
    生物の持つ機能を活用し、必要に応じてその機能を改変することで、工業的に難しい物質生産を可能にする取り組み。従来の化学合成に比べて省エネで、環境に優しい。工学的技術によって生物の持つ潜在的な機能を引き出すことができ、さまざまな事業活動で注目されている。
  • 5.ツニカマイシン(TM)
    細菌Streptmyces属が作り出す抗生物質の総称であり、糖タンパク質合成の初段階における糖転移反応を阻害する。実験生物学では小胞体ストレスを引き起こす物質として使われる。
  • 6.ホスホコリン(PCho)
    リン酸化されたコリンであり、細胞膜を構成するリン脂質ホスファチジルコリンの合成前駆体であるとともに、ヒトではC反応性タンパク質の結合標的として免疫反応に関わる。コリンは水酸基を持つ第四級アンモニウムカチオンであり、ヒトでは細胞膜や神経伝達物質の原料となる。しかし、体内で十分な量を合成できないため、必須栄養素として食餌から摂取する必要があり、適正摂取量も定められている。植物では、細胞膜の原料としての役割を除いて、機能がよく知られていない。
  • 7.シロイヌナズナ
    アブラナ科の一年生植物。ゲノムサイズが小さいこと、世代が短いこと、栽培や遺伝子導入が容易であることなどから、種子植物のモデル生物として研究に用いられる。
  • 8.持続可能な開発目標(SDGs)
    2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省ホームページから一部改変して転載)。SDGsはSustainable Development Goalsの略。

国際共同研究チーム

理化学研究所 環境資源科学研究センター 植物脂質研究チーム
チームリーダー 中村 友輝(ナカムラ・ユウキ)
(東京大学大学院 理学系研究科 生物科学専攻 教授)
客員研究員 ゴ・ハイアン(Anh H Ngo)

アカデミアシニカ 植物及微生物学研究所
副研究員 金原 和江(カネハラ・カズエ)

研究支援

本研究は、日本学術振興会外国人特別研究員制度および台湾科技部(受領者:Anh H Ngo)、アカデミアシニカ(受領者:金原和江)による助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Anh H. Ngo, ArtikElisa Angkawijaya, Yuki Nakamura and Kazue Kanehara, "Non-specific phospholipase C3 is involved in endoplasmic reticulum stress tolerance in Arabidopsis", Journal of Experimental Botany

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 植物脂質研究チーム
チームリーダー 中村 友輝(ナカムラ・ユウキ)
客員研究員 ゴ・ハイアン(Anh H Ngo)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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