『炭化水素系電荷輸送材料の発見』に関する研究成果がドイツ化学会誌に公開

2024/08/22  東ソー 株式会社 

2024 年8月22日
理化学研究所
東ソー株式会社
名古屋大学

小さいナノカーボンで正孔を輸送できる ―炭素と水素のみで従来の主力材料に匹敵する正孔輸送能を実現―

概要

理化学研究所(理研)開拓研究本部伊丹分子創造研究室の伊丹健一郎主任研究員(名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)主任研究者)と東ソー株式会社有機材料研究所の森中裕太主任研究員(研究当時、現同社研究本部先端融合研究センター先端材料研究所主任研究員)らの共同研究グループは、ヘテロ原子[1]や置換基を一切用いずに、有機EL[2]の正孔輸送材料[3]として機能する炭化水素系正孔輸送材料を発見しました。

本研究成果は、「分子ナノカーボン科学[4]」から創出された炭化水素系材料が有機電子デバイス[5]の分野において応用できることを明らかにしました。これは、ほとんど検証例がなかった有機電子デバイスと分子ナノカーボン科学の融合研究において重要な知見であるといえます。

今回、共同研究グループは、ナノカーボン類の一つである非平面の炭化水素系材料(HBT)を正孔輸送材料に用いた有機ELデバイスが、代表的なトリアリールアミン[6]類に匹敵する性能を示すことを発見しました。その性能の根拠となるHBTの特徴を、量子化学計算や、固体膜の分析により解明しました。

本研究は、科学雑誌『Angewandte Chemie International Edition』のオンライン版(8月13日付)に掲載されました。

本研究で発見した炭化水素系正孔輸送材料

背景

有機太陽電池や有機ELなどの有機電子デバイスにおいて、デバイスを構成する層の一つである正孔輸送層[3]は実用的な性能を得るために不可欠です。しかし、正孔輸送層を構成する正孔輸送材料は、窒素原子を有するトリアリールアミン化合物群の独壇場でした。これまでにもトリアリールアミンに依存しない正孔輸送材料の開発は報告されていますが、純粋に炭素原子と水素原子だけで構成される炭化水素系の材料でトリアリールアミンに匹敵する性能を示すものはありませんでした。

共同研究グループは、これまでに多彩な形状の炭化水素系材料の有機合成に成功しており、今回は非平面の炭化水素系材料の一種である「HBT」という分子に着目し、分子の特徴の解析と有機ELへの応用可能性の検証に挑みました。

研究手法と成果

共同研究グループは、単結晶X線構造解析と量子化学計算を組み合わせて、HBTの特徴を解析しました(図1)。HBTは結晶構造中で個々の分子が規則正しく互い違いに積層して1次元状にカラム(縦)構造を形成しています。この結晶構造に対して量子化学計算でトランスファー積分[7]を解析したところ、個々のHBT分子は、カラム方向のみならず隣接カラムの周辺分子にも相互作用していることが分かりました。HBTの強い分子間相互作用は、HBTを蒸着して作成した固体膜中においても発現していることが確認されました。また、HBTの高度にねじれた構造によって、固体膜のアモルファス[8]安定性が向上することが判明しました。

図1 HBTの各種解析結果

(A)HBTの単結晶X線構造解析から、1次元状のカラム構造の形成を確認した。

(B)単結晶X線構造に対する量子化学計算より、HBT分子のトランスファー積分を数値で表示した。この数値で示した矢印部分において、HBT分子間相互作用が存在する。数値が大きいほど相互作用が大きい。

(C)真空蒸着によって石英基板上に形成した固体膜を大気下で加熱した。HBT の部分構造である比較用化合物DBCは加熱によって容易に結晶化したが、HBTは高度にねじれた構造によって、アモルファス膜を維持した。

次に、HBT 固体膜を大気中光電子収量分光分析法[9]によって分析した結果、HBT 固体膜がトリアリールアミン類の固体膜と同等の HOMO 準位[10]を有することが分かりました。量子化学計算の結果、HBT の有機合成において鍵となるAPEX(annulative π-extension:縮環 π 拡張)[11]を駆使したアプローチが、正孔輸送材料に求められるHOMO準位の実現において極めて有効であることが確認されました(図2)。さらに、HBT固体膜の移動度をtime-of-flight法[12]によって測定したところ、トリアリールアミン類に匹敵する正孔移動度が観測された一方、電子移動度については検出できませんでした。これらの結果は、HBT を有機電子デバイスの正孔輸送材料として用いる妥当性を支持するものです。

図2 多環芳香族炭化水素のHOMO準位における線形/環化とAPEXアプローチの比較 各モデル化合物の HOMO 準位を量子化学計算によって算出し、線形または環化によるアプローチよりもAPEXを駆使したアプローチの方がHOMO準位を大きく上昇させることができる。

最後に、有機ELデバイス向けの正孔輸送材料にHBTを応用し、検証を行いました(図3)。その結果、HBTから成る正孔輸送層を有するデバイスは、代表的なトリアリールアミン材料(α-NPD、TCTA)を用いたデバイスを上回る性能を示しました。これは、ヘテロ原子や置換基を一切持たない炭素と水素のみから成る材料で、トリアリールアミン類に匹敵する性能を示した初めての報告例です。

図3 HBTを用いた有機ELデバイスの素子評価結果

(A)本研究で作製した有機ELデバイスの素子構成、バンド図および使用材料。材料名の下の数値は膜厚 を表し、バンドの上部/下部の数値はそれぞれ実験的に測定されたLUMO(最低空軌道)準位/HOMO 準位を示す。

(B)発光スペクトル。発光の色純度はいずれも同様である。

(C)電圧-電流密度曲線。電圧を印加した際に低い電圧で大きな電流を流すデバイスは、駆動電圧が低く なるため好ましい。

(D)輝度-外部量子効率曲線。高い外部量子効率が好ましい。

(E)時間-輝度減衰曲線。連続でデバイスを発光させる加速試験によって素子の劣化時間を観測し、素子 の寿命を見積もった。長時間輝度を維持できるデバイスが好ましい。

今後の期待

本研究から、従来のトリアリールアミン類とは全く異なる、分子ナノカーボン科学から創出されたナノカーボン材料が、有機電子デバイスの分野において応用できることが明らかになりました。また、炭素原子と水素原子だけで構成されるナノカーボン材料が、ヘテロ原子や置換基を駆使した材料と同等の性能を示すことも発見しました。

これまで有機電子デバイスの飛躍的進化にヘテロ原子や置換基を駆使した先駆的な材料が貢献してきたように、これからは分子ナノカーボン科学から創出されたナノカーボン材料が有機電子デバイスのさらなる進化に貢献していくと期待できます。

公式ページ(続き・詳細)はこちら
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