分析困難な有用物質の含有量を簡便かつ高精度に測定できる技術の開発へ! ~量子化学計算を用いた超精密定量分析手法の確立~

2024/10/31  HPCシステムズ 株式会社 

2024 年 10 月 31 日

HPC システムズ株式会社
学校法人名城大学

分析困難な有用物質の含有量を簡便かつ高精度に測定できる技術の開発へ! ~量子化学計算を用いた超精密定量分析手法の確立~

HPC システムズ株式会社の 本田 康 計算化学シニアエキスパートと名城大学総合学術研究科/理工学部/疾患予防食科学研究センターの 本田 真己 准教授らのグループは、標準物質注1)の取得が困難で定性および定量分析注2)が難しいシス型カロテノイド注3)について、量子化学計算注4)を用いて超精密に分析できる技術を開発しました。本研究成果は、2024 年 10 月 19 日に Elsevier 社が出版する国際学術誌の「Biochemical and Biophysical Research Communications」に掲載されました。

【本件のポイント】
・カロテノイド注5)の主成分(トランス型カロテノイド注6))より健康効果が高いとされる希少成分(シス型カロテノイド)の定量分析の高精度化および効率化の手法として、量子化学計算シミュレーションによる補正という新たな方法論を提案しました。

・シス型カロテノイドの精密な定量分析はこれまで非常に困難(数ヶ月以上かかることも珍しくありません)でしたが、本研究の手法ではこの分析がわずか 30 分足らずの時間で完了します。

・従来のシス型カロテノイドの定量分析では、文献によっては誤差が 100%近いことも珍しくありませんが、リコピン、β-カロチン、アスタキサンチンを用いた検証では、量子化学計算は平均誤差約 2%の精度で実験結果を再現し、本研究の手法の信頼性の高さを示しました(図1)。

・今後、本研究の手法を用いて標準物質の取得が困難な化合物の分析精度向上への応用が期待されます。特に、この技術は機能性表示食品の栄養成分表示に影響を与える可能性がある(図2)他、医薬品・化粧品など幅広い分野に展開可能であり、産業界への大きなインパクトが期待されます。

【背景】
天然色素であるカロテノイド類は強力な抗酸化作用と様々な疾病予防効果や肌質改善作用を示すことから、食品や化粧品分野での需要が急速に拡大しています。天然のカロテノイド類はトランス型が主成分であるため、市場に流通しているカロテノイドも主にトランス型です。一方、分子鎖の一部が折れ曲がったカロテノイド異性体(シス型カロテノイド)(図3)は、カロテノイドの希少成分であり、トランス型よりも体内吸収性や生理活性(抗癌作用、抗老化作用、肌質改善作用など)が優れている可能性が近年報告され、その実用化が期待されています。したがって、食品などに含まれるシス型カロテノイド含有量の測定技術の確立は、重要なテーマとなっています。

一般に、ある化合物の含有量を測定する場合、標準物質を用いて作成した検量線注8)を利用して定量分析を行います。しかし、シス型カロテノイドは標準物質が存在しないため、正確に定量分析を行うことが困難であるという大きな問題があります。標準物質が存在しない理由としては、シス型カロテノイドは化学的に不安定であることや、分離・精製が難しい点などが挙げられます(シス型カロテノイドの精密な定量分析はカロテノイド1種類につき数ヶ月以上の期間を要することも珍しくありません)。

そこで本研究グループは、量子化学計算を用いて、標準物質が取得困難なシス型カロテノイドのスペクトルデータ(吸収スペクトル注9)、光吸収強度注10)など)を精密にシミュレートし、(紫外可視吸光度検出器注11)を用いた)定量分析に利用される HPLC ピーク強度を補正するための係数を求めることを試みました。もしこの補正係数が簡便かつ高精度に求まるならば、シス型カロテノイドをはじめとする希少化合物の精密定量分析の困難を解決できる可能性があります。

【研究内容】 商業的に重要な3種類のカロテノイド(リコピン、β-カロチン、アスタキサンチン)のトランス型および主要なシス型(9シス型、13シス型など)異性体について、量子化学計算によりスペクトルデータ(吸収スペクトル、光吸収強度)を取得し、それらの計算結果からHPLC 強度補正係数を求めました。量子化学計算は、Gaussian プログラム注 1 2 )での時間依存密度汎関数理論(TD-DFT)注13)を用いて行われました。

計算されたスペクトルデータは実験値と非常に良い一致を示しました(図4)。シス型カロテノイドのような標準物質が入手困難な物質は、通常、標準物質を入手しやすい類縁化合物によって検量線を作成し、定量分析が行われます。しかし、(紫外可視吸光度検出器を用いた場合)目的化合物と類縁化合物の検出感度が異なるため、実際の測定値(HPLC強度)から算出される含有量と真の含有量の間にずれが生じることが問題となっています。今回、量子化学計算により、目的化合物(シス型)と類縁化合物(トランス型)の光吸収強度の比を極めて正確に再現し、このずれを補正する係数を算出しました。その結果、量子化学計算は平均誤差約2%の精度で、補正係数の実験値を再現できることがわかりました(図1)。この補正係数を利用することにより、目的化合物(シス型)の検量線が得られなくても、類縁化合物(トランス型)の検量線を目的化合物用に補正して精密な定量分析を行うことが可能となります。

また、本研究で実施したTD-DFT 計算スキームは非常に簡便かつ高速であることも大きな特徴です。シス型カロテノイドは標準物質が存在しないため、その定量分析実験を精密に実施しようとすると、カロテノイド1種類につき数ヶ月以上の期間を要することも珍しくありません。しかし本研究の手法では、わずか30 分足らず程度の時間で計算が完了するため、シス型カロテノイドの精密定量分析の労力を劇的に削減することができます。

また、量子化学計算は定量分析だけでなく、未知化合物の定性分析(同定)にも有用です。アスタキサンチンのHPLC分析実験を行うと、通常、既知の化合物のピーク以外に、未知の化合物に由来するピークが数本現れます。本研究では、この未知のピークでの吸収スペクトルの実験結果と計算結果の形状を比較することにより、各HPLCピークの素性を明らかにできる可能性を示しました(図5)。図5右に示したHPLCピークの素性予測はまだ仮のものですが、今後、実験および計算検討を重ねることにより、その予測信頼性をさらに高めていく予定です。

【今後の展開】
今後、計算条件の最適化や計算における溶媒効果などを検討し、本研究で提案した方法論(量子化学計算を定量分析の精緻化に適用する手法)をカロテノイドの標準分析手法として推し進めるべく、カロテノイド異性体定量分析のさらなる精緻化を行います。さらに、本技術がカロテノイド以外の化合物にも応用可能か検討し、本研究の方法論の一般化を目指します。

【補足事項】
本研究の一部は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の委託事業である研究成果最適展開支援プログラム A-STEP(本格型)の支援を受けて実施しました。

公式ページ(続き・詳細)はこちら
https://contents.xj-storage.jp/xcontents/AS98099/42a35b69/6959/4496/b80f/b5068e3aab57/140120241031507065.pdf

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