「ヒマラヤ山脈形成史の研究」と「ライチョウ復活プロジェクト」
中央アルプスに飛来したメスとヒナ(近藤幸夫撮影)
公益社団法人日本山岳会は、秩父宮殿下の遺贈金を基金とし、登山活動および山岳に関する文化・学術活動に功績があった団体もしくは個人に対し、毎年表彰をおこなっています。
今年度は以下の2名に決定しました。
1.酒井治孝氏「ヒマラヤ山脈形成史の研究」
2.中村浩志氏「中央アルプスにおけるライチョウ個体群復活プロジェクトの推進」
表彰式は12月7日の日本山岳会「令和6年度 年次晩餐会」で行い、あわせて両氏の記念講演を実施します。
酒井治孝氏「ヒマラヤ山脈形成史の研究」
京都大学名誉教授
主要な研究成果は以下の5点である。
(1)レッサーヒマラヤ地帯の厚い地層の年代決定と層序の確立を通して、大規模な地質構造を解明した。
その層序と地層名は、ネパールレッサーヒマラヤの国際的スタンダードとなった。
(2)エベレスト山塊の熱年代学的研究から、ヒマラヤの中核をなす高ヒマラヤ変成岩類の地上露出時期を特定し、その後のエベレストの上昇過程を明らかにした。 またエベレスト頂上の石灰岩から三葉虫などのオルドビス紀化石を初めて発見し、その直下の変成岩との間のデタッチメント断層を発見・記載した。
(3)変成岩ナップは南北方向に100km以上にわたってレッサーヒマラヤの地層を構造的に覆うが、ジルコンやアパタイトの熱年代測定からナップの前進および冷却過程を明らかにした。
また変成岩ナップの下敷になった地層の上部が、高温の変成岩の熱によって変成されたことを明示した。
(4)カトマンズ盆地の地表調査と学術ボーリングコアの堆積相・花粉・珪藻・有機物の分析から、過去100万年のモンスーン気候変動史を明らかにした。
また同盆地が形成された原因として、前縁山地(マハバーラト山地)が約100万年前から急激に上昇したことを明らかにした。
(5)アンナプルナ山群の8000m級の山が、約1.5~1.4万年前に地震活動によって崩壊し、岩屑雪崩と土石流となって60km以上流れ下り、ポカラの谷を埋積したことを明らかにした。
ヒマラヤ山脈の形成プロセスとメカニズムを総括し、『ヒマラヤ山脈形成史』(東大出版会)を出版した。
社会的貢献
・ネパール人スタッフの日本とフランスの大学院への留学を支援。
・ネパールの地方の教育レベルの向上のために、6つの学校校舎の建設し、奨学金を授与してきた(『ネパールに学校をつくる』(東海大学出版会))。
「NHK地球大紀行:巨大山脈の誕生」、「NHKヒマラヤ造山帯~カリガンダキ渓谷」、「NHKヒマラヤ・プータン 幸福の大絶景」「NHKヒマラヤ、悪魔の谷」「TV朝日チョモランマの渚」「TBSサガルマータ国立公園II」などテレビ番組の制作への協力。
中村浩志氏「中央アルプスにおけるライチョウ個体群復活プロジェクトの推進」
信州大学名誉教授、一般財団法人中村浩志国際鳥類研究所代表理事
本州中部の高山帯にのみ生息する国の特別天然記念物・ライチョウは近年、急激に数を減らしている。
1980年代の生息数は約3千羽だったが、2000年以降、2千羽以下まで減少したとされる。
中村氏はライチョウを絶滅の危機から救いたいとライチョウの知られざる生態を解明。
木枠と金網で作ったケージで孵化後のヒナを守るケージ保護を考案し、地域山城に近い南アルプス・北岳周辺のライチョウを復活させた。
環境省が2014年から始めたライチョウ保護増殖事業は、野生ライチョウの有精卵を動物園で孵化させて繁殖したライチョウを野生復帰させることで、中村氏が中心になって進められている。
2018年7月、ライチョウが絶滅した中央アルプスで、北アルプス方面から飛来した1羽のメスが登山者に発見され、中村氏の提案による「ライチョウ復活作戦」が開始された。
2020年、乗鞍岳から3家族計19羽をヘリコプターで移送し、中央アルプスに「創始個体群」を確立。
半世紀ぶりとなる中央アルプス生まれのライチョウが越冬に成功した。
また、2021年夏、中央アルプスから 2家族を動物園に移送し、繁殖に成功する。
2022年8月、餌の高山植物の毒素を消化するため腸内細菌を持つヒナと母鳥の3家族を中央アルプスにヘリで移送し、史上初めて、動物園生まれの個体を野生に復帰させた。
2024年春、中央アルプスのライチョウの成鳥は約120羽まで増え、復活は確実となった。
2024年度は、動物園で飼育している乗鞍岳由来の「保険集団(腸内細菌を持っていない)」を野生復帰させる計画である。