2024/12/02

RNA-クロマチン相互作用の新検出法を開発

国立研究開発法人 理化学研究所 

2024年12月2日

理化学研究所
ヒューマン・テクノポール

RNA-クロマチン相互作用の新検出法を開発

-タンパク質を介したノンコーディングRNAの機能解析が可能-

理化学研究所(理研)生命医科学研究センター トランスクリプトーム研究チームの加藤 雅紀 上級研究員、舒 許峰 大学院生リサーチ・アソシエイト、ピエロ・カルニンチ チームリーダー(ヒューマン・テクノポールゲノミクス研究センター センター長)らの国際共同研究チームは、タンパク質を介したRNA-クロマチン[1]相互作用を検出する新技術「RNA and DNA Interacting Complexes Ligated and sequence (RADICL-seq) with immunoprecipitation: RADIP」法を開発しました。

本研究成果は、「ノンコーディングRNA(ncRNA)[2]」の機能を解析することが可能になり、今後、核内のRNAを研究する技術として広く利用されると期待されます。

RNAには、ncRNAをはじめ機能が分かっていないものが多く存在します。その機能の解明には、RNAがどのクロマチン領域に作用して働くのかを知ることが必要です。こうしたRNAとクロマチンの相互作用は多くの場合、タンパク質が関わっていることが知られていました。しかし、それらを包括的に調べる方法がなく、新たな技術開発が必要とされていました。RADIP法により、遺伝子発現の調節やクロマチンの構造維持に重要な役割を果たすRNAなど、さまざまな核内RNAと、それらが特定のタンパク質を介して相互作用するゲノム領域の情報を同時に捉えることが可能になります。また、ncRNAの機能の網羅的な推定にも役立ちます。

本研究は、科学雑誌『Nucleic Acids Research』オンライン版(11月18日付)に掲載されました。

RADIP法の概要とRADIP法を用いた研究例

背景

DNAから転写されるRNAには、タンパク質をつくる情報を持ったメッセンジャーRNA(mRNA)と、タンパク質をつくる情報を持たないノンコーディングRNA(ncRNA、非コードRNA)があります。ncRNAのうち、約200塩基以上の長さを持つRNAは「長鎖ノンコーディングRNA(lncRNA)」と呼ばれます。lncRNAの一部は転写や翻訳、エピジェネティクス[3]の制御、またゲノムDNAの3次元構造などを介して、細胞の分化やがん化、個体発生や疾患など、生体の多様なプロセスに関与することが知られています。しかし、大部分のlncRNAの役割はよく分かっていません。

lncRNAの機能を知るためには、lncRNAと相互作用するクロマチンの領域を知ることが重要です。カルニンチチームリーダーらは以前、核内のRNA-クロマチンの相互作用をゲノム全体で検出する技術の開発を行い、「RNA And DNA Interacting Complexes Ligated and sequence: RADICL-seq」法として報告しました注1)。しかしlncRNAとクロマチン領域の相互作用には、多くの場合タンパク質が関わっていることが知られており、タンパク質を介したRNAとクロマチンの相互作用を検出する系の技術開発が必要とされていました。

研究手法と成果

国際共同研究チームは、従来のRADICL-seq法を基に、「RNA And DNA Interacting Complexes Ligated and sequence (RADICL-seq) with Immunoprecipitation: RADIP」法を開発しました(図1)。RADIP法はまず細胞核内に存在するRNA、タンパク質、DNAをホルムアルデヒドによって固定し、独自にデザインしたアダプター配列(別の塩基配列)を介してRNAとDNAを連結させます。次に、特定のタンパク質に対する抗体を用いて免疫沈降法により、アダプター配列を介して連結したRNAとDNAのうち特定のタンパク質を含むもののみを濃縮します。それから、固定されていたタンパク質を取り除き、アダプターに結合しているRNAとDNAだけを取り出します。得られるRNAやDNAの長さはさまざまなため、一定の長さになるように酵素で切断します。これらを次世代シーケンサー[4]で読み取り、ゲノムにマッピングします。これにより、タンパク質を介したDNAとその近くにあるRNAの相互作用を網羅的に知ることができます。

図1 RADIP法の概要

  • (左)細胞核内での反応を示す。RNAはタンパク質に固定され、クロマチンを構成するゲノムDNAと結合する。触媒酵素であるリボヌクレアーゼH(RNase H)は、ライブラリー内の新生RNA(RNAはゲノムのあらゆる場所に転写される)の量を減らし、分解酵素であるデオキシリボヌクレアーゼI(DNase I)はゲノムDNAを切断化する。アダプター配列(青線)の一方はRNAと結合(ライゲーション)し、もう一方はDNAと結合(ライゲーション)することで、RNAとDNAを連結させる。
  • (右)超音波による核膜破砕後の反応を示す。超音波破砕後、特定のタンパク質に対する抗体(本研究ではヒストンH3K27me3(図ではMe3と表記)修飾に対する抗体を用いた)を使ってタンパク質複合体を濃縮する。脱架橋(高分子同士を切り離すこと)およびタンパク質分解でタンパク質を除去すると、RNA(赤)、アダプター配列(青)、DNA(黒)が連結された分子が残る。逆転写反応によりRNAは相補的DNA(cDNA)に変換され、制限酵素EcoP15lによって両側のRNAとDNAが一定の長さに切断される。最後に、シーケンシングのためのアダプター配列(黄)を両側に付加し、アダプター配列に付加されたビオチン(黒丸)により沈降させ、塩基配列を読み取る。

開発したRADIP法を実証するために、マウスのES細胞[5](mESC)を使い、抑制的ヒストン修飾[6]であるH3K27me3に対する抗体を用いた実験を行いました。図2は、lncRNAであるFendrr[7]が、ゲノムのどの部分と相互作用しているかを示しています。ES細胞においてはFendrr遺伝子と、その隣の遺伝子Foxf1の領域に抑制的ヒストン修飾であるH3K27me3領域が存在しています(図2、ヒストンH3K27me3)。Fendrr RNAはH3K27me3を介してFoxf1遺伝子の領域と相互作用しています(図2、H3K27me3-RADIP)。また、これらの相互作用は従来のRADICL-seq法と比較して濃縮して見えることが明らかとなりました(図2、Input=H3K27me3の抗体で濃縮する前のもの)。このように、H3K27me3抗体を用いたRADIP法では、細胞内のヒストンH3K27me3修飾を介したさまざまなRNA-クロマチン間の相互作用を明らかにすることができます。

図2 RADIP法によるFendrr遺伝子由来RNAとゲノム領域の相互作用

Fendrr遺伝子由来RNAとゲノム領域の相互作用をアーチで示している。緑色がヒストンH3K27me3抗体を用いたRADIP法での相互作用、青色が従来のRADICL-seq法を用いた相互作用を示している。便宜的にFendrr遺伝子由来のRNAは遺伝子の中心から出発するように示している。ヒストンH3K27me3のゲノム上の領域を示すChIP-seqのデータを紫色で示す。従来のRADICL-seq法に比べてRADIP法ではFendrr遺伝子由来RNAがヒストンH3K27me3領域に濃縮されている。

また、ゲノムDNAはさまざまな構造状態を取ることで、遺伝子発現のスイッチを調節し、細胞の機能(分化・恒常性の維持など)を制御していると考えられています。ゲノムの3次元構造には、核内に存在するRNA、またヒストンH3K27me3修飾を担う酵素であるポリコームタンパク質複合体が関わっていることが示唆されています。多くの場合、ゲノムDNAの塩基配列がRNAに転写される際(遺伝子発現と呼ぶ)、写し取られる塩基が存在する転写部位の周辺で、RNAはクロマチンと相互作用をします。RADIP法により、ヒストンH3K27me3修飾を介したRNAとクロマチンの相互作用は、RNAが発現する遺伝子領域より遠くのクロマチンと相互作用することが明らかとなりました。このことはヒストンH3K27me3修飾がRNAを介してゲノムの3次元構造に関わっていることを示唆する新たな発見です。

RADIP法により、既知のRNA-クロマチン構造を再現することや、新しい相互作用を特定することが可能になりました。ヒストンH3K27me3修飾を介してクロマチンと相互作用するRNAは、lncRNAのみならずタンパク質をコードする遺伝子から発現するRNAのイントロン[8]領域のRNA(mRNAの一部かもしくは独立したノンコーディングRNAかは不明)が多い傾向が見られました。これにより、イントロン領域がクロマチンと相互作用し遺伝子発現の調節因子として働く可能性が新たに示されました。

今後の期待

RADIP法は、さまざまなタンパク質に対する抗体を用いることで、さまざまなタンパク質を介したRNAとクロマチンの相互作用の解析に応用できます。本研究により、タンパク質を介したRNAとクロマチンの相互作用を網羅的に解析する準備が整いました。RADIP法は、今後、FANTOM6プロジェクト[9]や他の関連プロジェクトにおいて、遺伝子発現調節や染色体高次構造におけるRNAの役割を理解するための重要な技術として広く利用されると期待できます。

補足説明

  • 1.クロマチン
    ゲノムDNAがヒストンタンパク質に巻き付くことで形成されるDNA-タンパク質複合体。クロマチン構造は遺伝子の転写に関連し、転写の活性化した遺伝子座や、それに関係する転写制御領域では開いた状態、転写が不活性化した遺伝子座では閉じた状態になる。
  • 2.ノンコーディングRNA(ncRNA)
    タンパク質をコードしないRNA。一般に、約200塩基以上のものを長鎖ノンコーディングRNA(lncRNA)と呼ぶ。転写、翻訳、エピジェネティクス([3]参照)など生体内の多様なプロセスに関与するものが知られている。
  • 3.エピジェネティクス
    遺伝情報を伝達するDNAの塩基配列自体には変更を加えず、DNAのメチル化やヒストン修飾などの化学修飾(メチル基やアセチル基、リン酸基等が可逆的に付加されること)を介して、ゲノムDNAの機能に変化をもたらす機構のこと。
  • 4.次世代シーケンサー
    2005年ごろに米国で開発された、遺伝子情報を桁違いに大量・高速に検出できる装置。
  • 5.ES細胞
    脊椎動物の初期胚が持つ、全ての種類の体細胞へ分化する能力を多能性という。多能性を持ち、試験管内で培養して無限に増やすことができる細胞を多能性幹細胞という。ES細胞は、哺乳類の着床前胚(胚盤胞)に存在する内部細胞塊から作製された多能性幹細胞。
  • 6.ヒストン修飾
    ヒストンとは染色体を構成する主要なタンパク質である。染色体は、ヒストンH2A、H2B、H3、H4のそれぞれ2分子からなる八量体に、DNAが左巻きに1.65回巻きついた複合体を基本単位(ヌクレオソーム)として存在している。ヌクレオソームから各ヒストンのアミノ酸末端領域が突出しており、メチル化やアセチル化、リン酸化などの修飾を受けることにより、染色体構造に変化をもたらし、遺伝子発現の抑制や活性化を調節する。ヒストンH3K27me3とはヒストンH3のアミノ酸末端領域27番目のリシン(K)がトリメチル化したもの。
  • 7.Fendrr
    長鎖ノンコーディングRNA(lncRNA)の一つ。マウスの発生に重要なlncRNAであり、心臓と体壁の発達に欠かせないことが報告されている。
  • 8.イントロン
    DNAにコードされている遺伝子はエキソン(翻訳される配列)とイントロン(翻訳されない配列)で構成され、どちらもRNAとして転写されるが、イントロンの部分は後に切り取られる。残ったエキソンの部分が核の外に輸送されて、タンパク質に翻訳される。
  • 9.FANTOM6プロジェクト
    FANTOMは理研が主催する国際研究コンソーシアム。理研のマウスゲノム百科事典プロジェクトで収集された完全長相補的DNA(cDNA)の機能注釈(アノテーション)を行うことを目的に2000年に結成された。その成果は、iPS細胞(人工多能性幹細胞)の樹立研究など生命科学の広い分野に貢献している。6期目のプロジェクトとなるFANTOM6には20カ国、100以上の研究機関が参加し、ノンコーディングRNAの網羅的な機能解析に取り組んでいる。

国際共同研究チーム

理化学研究所 生命医科学研究センター
トランスクリプトーム研究チーム
チームリーダー ピエロ・カルニンチ(Piero Carninci)
(ヒューマン・テクノポール(イタリア)ゲノミクス研究センター センター長)
上級研究員 加藤 雅紀(カトウ・マサキ)
大学院生リサーチ・アソシエイト 舒 許峰(ジョ・キョホウ)
(東京大学 大学院新領域創成科学研究科 博士後期課程)

東京大学 大学院新領域創成科学研究科
メディカル情報生命専攻 生命システム観測分野
教授 鈴木 穣(スズキ・ユタカ)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(C)「RNAとクロマチンの相互作用を網羅的に検出する系を応用した新生鎖RNAの解析(研究代表者:加藤雅紀、19K06623)」「RNA-クロマチン相互作用を網羅的に検出する系を発展させた機能的RNAの探索(研究代表者:加藤雅紀、22K06187)」、同挑戦的研究(萌芽)「ポリコーム複合体によるノンコーディングRNAの標的クロマチンへの繋留機構の解明(研究代表者:増井修、研究分担者:加藤雅紀、21K19241)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Xufeng Shu, Masaki Kato, Satoshi Takizawa, Yutaka Suzuki and Piero Carninci, "RADIP technology comprehensively identifies H3K27me3-associated RNA-chromatin interactions", Nucleic Acids Research, 10.1093/nar/gkae1054

発表者

理化学研究所
生命医科学研究センター トランスクリプトーム研究チーム
チームリーダー ピエロ・カルニンチ(Piero Carninci)
(ヒューマン・テクノポール(イタリア)ゲノミクス研究センター センター長)
上級研究員 加藤 雅紀(カトウ・マサキ)
大学院生リサーチ・アソシエイト 舒 許峰(ジョ・キョホウ)

舒 許峰

加藤 雅紀

ピエロ・カルニンチ

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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